不動産の売買契約を結んだあとに、「やっぱり売るのをやめたい」と思った場合、売主は契約を解除できるのでしょうか。
不動産売買では、契約時に手付金が授受されることが多くあります。そのため、「売主は手付金を倍返しすれば解除できる」「引渡し前ならまだ契約をやめられる」「少し違約金を払えば済むのではないか」と考えてしまう方もいるかもしれません。
手付解除は、いつでも自由に使える制度ではありません。
契約書で手付解除期日が定められている場合、その期日を過ぎたあとに売主都合で契約をやめようとすると、手付解除では済まず、違約金の問題になることがあります。
今回は、売買契約後に売主が契約解消を申し出たものの、手付解除期日を過ぎていたとして手付解除が認められなかった裁判例をもとに、不動産売却前に確認しておきたいポイントを整理します。
本記事は、裁判例で問題になった事情をもとに、不動産売却時の確認ポイントを整理するものです。個別案件の法律判断や解除可否を保証するものではありません。
契約後に「売却をやめたい」と思ったらどうなるか
不動産売却では、売買契約を結ぶ前と後で、売主の立場は大きく変わります。
契約前であれば、売却をやめることも、条件を見直すことも、買主を変更することも比較的自由です。しかし、売買契約を結んだ後は、契約書に定められた条件に拘束されるため、売主の一方的な事情で簡単に契約をやめることはできません。
たとえば、契約後に次のような事情が出てくることがあります。
- 家族や親族から売却に反対された
- 他の不動産会社から「もっと高く売れた」と言われた
- 買主が転売を予定していると知って気持ちが変わった
- 税金やローンの確認が不十分だった
- 思い入れのある不動産で、契約後に迷いが出た
こうした事情があっても、すでに売買契約を締結していれば、売主が自由に契約を取り消せるわけではありません。そのときに問題になるのが、手付解除期日や違約金の定めです。
今回の裁判例で問題になったこと
今回の事案では、個人の売主が、所有していた賃貸物件の売却を考え、不動産会社から紹介された媒介業者を通じて買主を見つけました。
売主は、買主である法人との間で、売買代金1億1000万円の不動産売買契約を締結しました。契約書には、手付解除について次のような趣旨の定めがありました。
売主または買主は、手付解除期日または相手方が契約の履行に着手するまでは、手付解除できる。
そして、手付解除期日は令和元年7月12日とされていました。また、契約違反があった場合には、違反した当事者が相手方に売買代金の10%相当額を違約金として支払う定めもありました。
売買代金が1億1000万円ですので、10%は1100万円です。その後、買主はこの不動産を別会社に1億1500万円で売却する契約を締結しました。
そして、売主は令和元年8月になってから、売買契約の解消を申し出ました。しかし、この時点では、契約書に定められた手付解除期日である令和元年7月12日をすでに過ぎていました。
最終的に、売主と買主は、違約金1100万円を特例で800万円に変更し、売主が800万円を支払って契約を解約する内容で合意しました。その後、売主は「本当は手付解除できたはずなのに、媒介業者らが説明しなかった」などと主張し、損害賠償を求めました。
争点は「手付解除がいつまでできるか」
この裁判で大きな争点になったのは、手付解除の期限です。契約書には、手付解除期日または相手方が契約の履行に着手するまでは手付解除できる、という趣旨の文言がありました。
ここで問題になるのは、「手付解除期日」と「履行の着手」のどちらを基準にするのかという点です。
売主側は、手付解除期日と履行の着手のうち、どちらか遅い時期まで手付解除できると主張しました。この考え方によれば、手付解除期日を過ぎていても、相手方がまだ履行に着手していなければ、売主は手付解除できることになります。
一方、裁判所はこの主張を採用しませんでした。裁判所は、契約書の一般的な語義から、「手付解除期日」と「相手方が契約の履行に着手すること」のいずれかが実現した時点で、手付解除はできなくなると判断しました。
つまり、どちらか早い方が手付解除の期限になるという考え方です。今回、売主が契約解消を申し出たのは、手付解除期日を過ぎた後でした。そのため、裁判所は、売主は本件手付条項に基づいて契約を解除することはできなかったと判断しました。
「手付金を倍返しすれば解除できる」とは限らない
売主にとって重要なのは、手付解除は万能ではないという点です。
たしかに、不動産売買契約では、売主が手付金を返還し、さらに同額を買主に提供することで契約を解除できる場合があります。いわゆる手付倍返しです。
しかし、それは契約書上、手付解除ができる期間内であることが前提です。手付解除期日を過ぎた後に、売主が「やっぱり売りたくない」と言っても、手付解除として処理できるとは限りません。
その場合、契約違反として扱われ、違約金の支払いが問題になる可能性があります。今回の事案では、契約書上の違約金は売買代金の10%相当額とされていました。1億1000万円の契約であれば、違約金は1100万円です。
最終的には800万円に変更する合意がされていますが、それでも売主にとって非常に大きな負担です。「契約後に気が変わったら、手付金を倍返しすればよい」という理解は危険です。
手付解除期日、履行の着手、違約金の定めを確認しないまま契約すると、想定より大きな金銭負担につながることがあります。
過去の裁判例と同じ結論になるとは限らない
売主は、過去の裁判例を根拠に、自分の契約でも手付解除ができるはずだと主張しました。似たような契約文言について、手付解除期日と履行の着手のうち、遅い時期まで解除できると判断された裁判例があったためです。
しかし、裁判所は、その裁判例と今回の事案は事情が異なると判断しました。過去の裁判例では、売主が宅地建物取引業者であったことなど、今回とは前提事情が違いました。
ここから分かるのは、契約書の文言が似ていても、必ず同じ結論になるとは限らないということです。不動産売買契約では、次のような事情によって判断が変わることがあります。
- 売主が個人か宅建業者か
- 買主が個人か法人か
- 契約締結の経緯
- 手付解除期日の設定
- 相手方の履行状況
- 契約書の書式や説明内容
- 当事者間の具体的なやり取り
インターネット上で似た裁判例や解説を見つけたとしても、それだけで自分の契約にも同じ結論が当てはまるとは限りません。契約前に、自分の契約書の内容としてどうなっているのかを確認することが大切です。
仲介会社に責任を問えばよいとは限らない
今回の売主は、媒介業者に対しても責任を追及しました。売主の主張は、本当は手付解除できたのに、その説明をしなかったというものです。
しかし、裁判所はこの主張も認めませんでした。理由は、売主が契約解消を申し出た時点で、すでに手付解除できなかったと判断されたからです。
手付解除できない状況であれば、媒介業者に「手付解除できます」と説明する義務があるとはいえません。
もちろん、不動産会社や媒介業者が重要な説明を怠った場合には、責任が問題になることもあります。しかし、売主自身が契約内容を十分に確認せず、手付解除期日を過ぎてから契約解消を申し出た場合、後から不動産会社に責任を問えば必ず解決するというものではありません。
売主としては、契約前の段階で疑問点を確認し、納得できない点があれば契約を急がないことが重要です。
売主が契約前に確認したいポイント
不動産売却では、売買代金に目が行きがちです。いくらで売れるのか、もっと高くならないのか、この買主でよいのか。もちろん、価格は重要です。
しかし、売買契約で確認すべきことは価格だけではありません。特に、契約後に売主側の事情で解除したくなる可能性が少しでもある場合は、次の点を確認しておく必要があります。
手付解除期日はいつか
契約書に「手付解除期日」が定められている場合、その日を過ぎると、手付解除ができなくなる可能性があります。その日を過ぎたらどうなるのか、売主から解除したい場合に何が必要なのか、違約金の対象になるのかまで確認します。
違約金はいくらか
違約金を売買代金の10%や20%と定めることがあります。割合だけでなく、実際に何円になるのかを確認しておくべきです。5000万円の10%なら500万円、1億円の10%なら1000万円です。
買主の条件や転売予定
買主が自分で使うのか、転売を予定しているのか、第三者のためにする契約なのか、所有権の移転先を別に指定する可能性があるのかを確認します。転売自体が直ちに問題という意味ではありませんが、抵抗があるなら契約前に確認すべきです。
家族・相続人・税理士への確認
相続した不動産、家族が住んでいた家、賃貸中の収益物件、共有者や親族の意向が関係する不動産、税金の影響が大きい不動産では、契約前に関係者への確認を済ませておくことが重要です。
横浜で不動産売却を進める前に
横浜市内で不動産を売却する場合でも、売買契約の基本は同じです。売却価格だけでなく、契約条件、手付解除期日、違約金、引渡し条件、買主の属性を確認したうえで契約に進むことが大切です。
特に、神奈川区周辺では、相続不動産、古家付き土地、賃貸中の一棟物件、築年数の経過した戸建てやマンションなど、売却前に整理すべき点が多い不動産もあります。
売却すること自体に迷いがある場合や、契約後に気持ちが変わる可能性がある場合は、契約を急がない方が安全です。契約前であれば、売却条件を見直すことも、売却時期を変えることも、買主との条件交渉を行うこともできます。
しかし、契約後に売主側の都合でやめようとすると、手付解除や違約金の問題になります。不動産売却では、契約前の確認が何より重要です。
まとめ
不動産売買契約を結んだあとに「やっぱり売るのをやめたい」と思っても、手付解除で戻れるとは限りません。手付解除期日を過ぎていれば、手付金の倍返しでは済まず、違約金の問題になる可能性があります。
今回の裁判例でも、売主は契約解消を申し出ましたが、手付解除期日後であったため、手付解除はできなかったと判断されました。
売主にとって大切なのは、契約後にどう解除するかを考えることではありません。契約前に、売るかどうかをきちんと決めることです。
不動産売却では、契約書に署名押印する前が一番大切なタイミングです。手付解除期日、違約金、買主の条件、家族や税理士への確認。これらを整理したうえで、納得して契約に進むことが、売却後のトラブルを防ぐ第一歩です。
横浜市内で不動産売却を検討している方は、価格だけでなく、契約条件や解除リスクまで確認したうえで進めるようにしましょう。売却前に確認すべき点が不安な場合は、契約前の段階で一度ご相談ください。
