たとえば、
「売主の責任は、引渡しから3か月まで」
という特約です。
では、3か月を過ぎれば、その後に見つかった雨漏りについて売主は責任を負わなくて済むのでしょうか。
今回取り上げる判例では、売買代金2億円余の建物について、売主の瑕疵担保責任期間が引渡しから3か月と定められていました。
ところが、引渡し後に水漏れが発覚します。
しかも裁判所は、売主がその水漏れを契約時点で知っていたと判断しました。
その結果、水漏れについて売主の責任を認め、3か月という期間制限特約による免責も認めませんでした。
ただ、この判例が参考になるのは「雨漏りを知っていた売主が責任を負った」という点だけではありません。
買主が問題だと主張したものすべてについて、売主の責任が認められたわけではなく、実際に支払った修繕費についても全額が損害として認められたわけではありませんでした。
つまり、中古物件の不具合では、
売主に責任があるか。
その状態が法的に問題となるものなのか。
修繕費をどこまで請求できるのか。
を分けて考える必要があります。
「雨漏りはない」と告知して2億円余で売却
平成24年12月、買主Xは売主Yから土地建物を2億円余で購入しました。
建物は平成2年築の鉄筋コンクリート造3階建てで、8戸の専有部分と車庫がありました。
売主Y自身も、この建物の3階301号室に住んでいました。
そして売買契約にあたり、売主は買主に対して、
301号室に雨漏りが発生したことはない
と告知しています。
売買契約では、売主の瑕疵担保責任期間を引渡しから3か月とし、付帯設備については売主が瑕疵担保責任を負わない内容となっていました。
平成25年2月26日、買主は残代金を支払い、物件の引渡しを受けます。
引渡しから約2か月後、301号室に水染み
買主はクロスや床などを張り替えるリフォーム工事を行い、301号室に入居しました。
ところが同年4月30日、出窓天井のクロス張替え箇所に水によるシミが見つかります。
買主が仲介業者を通じて売主に問題を指摘すると、売主はここで初めて、
以前、この部屋で水漏れがあった
ことを明らかにしました。
さらに同年5月には、エレベーター塔内でも水漏れが発生しており、遅くとも平成22年10月から確認されていたことが判明します。
平成24年12月の定期点検では、経年劣化した部品の交換も指摘されていました。
買主は542万円余を請求
買主はその後、売主に対して合計542万円余の損害賠償を求めました。
請求の対象となったのは、主に次の項目です。
- 301号室・エレベーターの水漏れ工事費用
- エレベーターの部品交換費用
- 使用期限切れ消火器の交換費用
- 駐車場に残されたバイクなどの撤去費用
- 地上波デジタル放送用アンテナの設置費用
これに対して売主側は、瑕疵担保責任期間を引渡しから3か月に短縮する特約があり、その期間を経過しているなどと反論しました。
ここで問題になるのが、
売主自身が知っていた不具合についてまで、「責任は3か月」という特約で免責されるのか
という点です。
売主が知っていた雨漏りに「3か月特約」は通用しなかった
裁判所は、301号室について、売買契約からそれほど時間が経っていない時点で水によるシミが確認されたことなどから、売買契約時点ですでに水漏れが発生する瑕疵が存在していたと判断しました。
さらに、売主が契約時点で水漏れの存在を認識していたと考えるのが合理的だとしています。
つまり、
水漏れを知りながら、買主には告知しなかった
と認定したわけです。
そのような売主を3か月という期間制限特約によって免責することは、「信義に著しくもとる」と判断。
悪意の売主について瑕疵担保責任免責特約の効力を否定する旧民法572条の考え方にも照らし、売主を免責することは許されないとしました。
つまり、この判例では、
契約書に「責任は3か月まで」と書いてあることだけでは、売主は守られなかった
ということです。
この判例は旧民法の「瑕疵担保責任」の事例
ここは注意が必要です。
今回の売買契約は平成24年に締結されているため、現在の「契約不適合責任」ではなく、改正前民法の瑕疵担保責任が問題となった事例です。
したがって、
現在の中古不動産売買でも、責任期間を3か月と定めれば必ず同じ結論になる
と単純に読み替えることはできません。
現在の民法では、「瑕疵」という考え方は、目的物が種類・品質・数量について契約内容に適合しているかという契約不適合責任の枠組みに整理されています。
ただし、
売主が何を知っていたのか。
何を買主へ告知したのか。
契約上どのような状態の物件を引き渡すことになっていたのか。
が重要になる点は、現在の中古不動産取引でも変わりません。
売主が宅建業者の場合は特約にも制限がある
中古物件の売買では、売主が個人なのか宅建業者なのかによっても扱いが異なります。
宅建業者が自ら売主となり、買主が宅建業者ではない場合、宅建業法によって買主に不利な特約が制限されています。
契約不適合責任について期間を定める場合も、引渡しから2年以上とする特約を除き、民法より買主に不利な内容は認められません。
そのため、
「中古物件だから免責にできる」
「3か月と書けば必ず有効」
と一律に考えることはできません。
「古い設備」「交換推奨」=売主責任とは限らない
この判例でもう一つ参考になるのが、エレベーターです。
点検業者からは、経年劣化による部品交換の必要性が指摘されていました。
それでも裁判所は、この部分について売主の責任を認めませんでした。
部品交換が必要な状態ではあったものの、交換前も支障なく使用できていたことなどから、建物の瑕疵とまではいえないと判断しています。
中古物件では、
- 古い
- 劣化している
- 交換を推奨されている
- 故障している
- 契約上求められる状態を欠いている
を分けて考える必要があります。
点検報告書に「交換推奨」と書かれているだけで、直ちに売主の責任になるわけではありません。
消火器、残置物、テレビアンテナも認められなかった
買主が主張したもののうち、使用期限切れの消火器や、駐車場に残されたバイクなどについても、裁判所は瑕疵担保責任を認めませんでした。
これらは建物の一部ではなく、一見して認識できるものだったためです。
また、地上波デジタル放送への切替えテストでテレビが視聴できなかった点についても、損害賠償責任を基礎づける瑕疵とは認められませんでした。
つまり、
「購入後にお金がかかったもの=すべて売主の責任」
ではありません。
売主責任があっても、修繕費の全額が認められるとは限らない
この判例で特に実務的なのが、修繕費の範囲です。
買主は、エレベーターの水漏れなどへの対応として屋上全体の防水工事などを行い、210万円を支出しました。
しかし裁判所は、漏水への対処としては必要な範囲を超える部分が含まれていると判断。
相当因果関係のある損害として認めたのは105万円でした。
301号室についても、買主は建物外壁の一面全体を補修し、210万円余を支出しました。
しかし損害として認められたのは概ね4分の1にあたる54万円。
最終的に認められた損害額は、
105万円+54万円=159万円
でした。
ここは重要です。
売主に責任があることと、買主が行った修繕費の全額を請求できることは別問題です。
一部分を補修すれば雨漏りを止められるのに、
「せっかくだから屋上全体を防水しよう」
「今後のために外壁一面を全部直そう」
と工事範囲を広げた場合、その全額が売主の責任による損害になるとは限りません。
雨漏りを発見したら、全面修繕する前に証拠を残す
中古物件を購入した後に雨漏りを発見すれば、できるだけ早く直したくなるのは当然です。
ただし、売主へ修繕費を請求する可能性がある場合は、工事前の記録が重要です。
少なくとも、
- 雨漏りや水染みの状態を写真・動画で残す
- 発生場所を記録する
- 原因を調査する
- 売主や仲介会社へ通知する
- 修繕業者から見積書を取得する
- 必要な工事範囲を確認する
- 緊急補修と追加改修を分ける
といった対応を検討しておきたいところです。
今回の判例でも、実際に支出した工事費と、裁判所が損害として認めた金額には大きな差がありました。
だからこそ、
何が原因で、どこまで直す必要があったのか
を後から説明できる状態にしておくことが重要です。
中古物件を売る前に確認したい雨漏り・修繕履歴
売主側では、売却前に過去の不具合を整理しておくことが重要です。
特に確認しておきたいのは、
- 過去の雨漏り・漏水
- 発生した場所
- 原因
- 修繕した時期と内容
- 修繕後の再発
- 管理会社や入居者からの報告
- 点検業者からの指摘事項
です。
今回の判例では、売主自身が301号室に住んでいたにもかかわらず、「雨漏りが発生したことはない」と告知し、引渡し後に過去の水漏れを明らかにしています。
「今は漏れていない」
「修理済みだから問題ない」
という理由だけで、過去の不具合を告知しなくてよいと自己判断するのは避けた方がいいでしょう。
中古物件を買う前に確認したい資料
買主側も、売主からの告知だけで判断しない方が安全です。
特に一棟物件や築年数の経過した建物では、
- 物件状況報告書
- 過去の修繕履歴
- 屋上防水の施工履歴
- 外壁補修履歴
- 漏水・雨漏り履歴
- エレベーターの点検報告書
- 消防設備の点検記録
- 管理会社が保有する修繕記録
などを確認しておくと、告知内容との整合性を確認しやすくなります。
今回のエレベーター塔内の水漏れは、遅くとも平成22年10月から点検業者によって確認されていました。
質問も、
「現在、雨漏りはありますか?」
だけでなく、
「過去に雨漏りや漏水が発生したことはありますか?」
「その際、どのような修繕をしましたか?」
まで確認した方が具体的です。
この判例から見える3つの判断軸
今回の判例は、「雨漏りを隠した売主が負けた判例」とだけ見るより、次の3つに分けると実務で使いやすくなります。
1.売主は不具合を知っていたか
知らなかった場合と、知りながら告げなかった場合では事情が異なります。
今回、3か月の期間制限特約による免責が認められなかった背景には、売主が水漏れを知っていたと認定されたことがあります。
2.その状態は本当に契約上問題となるものか
古い、劣化している、交換を推奨されている。
それだけで直ちに売主責任が生じるわけではありません。
今回のエレベーター部品も、交換前に支障なく使用できていたことなどから、瑕疵とは認められませんでした。
3.その修繕費は本当に必要な範囲か
売主に責任が認められても、買主が支出した工事費がそのまま全額損害になるとは限りません。
今回も、必要な範囲を超えた部分は損害として認められず、認定された損害額は159万円でした。
まとめ|「責任は3か月」と書いてあれば安心、ではない
今回の判例では、売主の瑕疵担保責任期間を引渡しから3か月とする特約がありました。
それでも裁判所は、売主が水漏れを知りながら買主へ告知しなかったと認定し、水漏れについて売主の責任を認めました。
一方で、経年劣化したエレベーター部品などについては売主の責任を認めず、買主が行った修繕についても必要な範囲だけを損害として認定しています。
中古物件の雨漏りトラブルでは、
免責特約があるかどうかだけを見ても答えは出ません。
重要なのは、
売主が何を知っていたのか。
何を買主へ伝えたのか。
契約上どのような状態の物件を引き渡すことになっていたのか。
実際に必要だった修繕はどこまでなのか。
という点です。
売却する側は、「今は直っているから大丈夫」と考えず、過去の不具合や修繕履歴も含めて整理する。
購入する側は、現在の状態だけでなく、過去の雨漏りや修繕履歴まで確認する。
こうした確認を契約前に積み重ねることが、売買後のトラブルを減らすことにつながります。
横浜の中古不動産・相続物件の売却相談
横浜市内の中古不動産では、築年数が経過し、過去の修繕履歴や建物の状態が十分に整理されていないケースもあります。
たとえば、
- 過去に雨漏りがあったが、売却時にどこまで伝えるべきか
- 修繕してから売るべきか、そのまま売却するべきか
- 相続した物件で過去の修繕履歴が分からない
といった場合です。
横浜不動産では、横浜市内の不動産売却・管理・相続不動産に関するご相談を受け付けています。
物件の状態や過去の修繕履歴を整理したうえで、売却方法を検討したい方はご相談ください。
判例出典
東京地方裁判所 平成28年1月27日判決
RETIO 105号「最近の判例から(1)-建物の瑕疵-」
本記事は判例をもとに一般的な実務上のポイントを整理したものであり、個別案件についての法的判断を示すものではありません。
