賃貸物件を管理していると、入居者と突然連絡が取れなくなることがあります。
「夜逃げしたのではないか」
「室内で倒れているのではないか」
「部屋の中を確認したほうがいいのではないか」
貸主や管理会社としては心配になりますが、家賃滞納や音信不通だけを理由に、自己判断で部屋へ入ったり、鍵を交換して入居者を締め出したりするのは避けるべきです。
一方、実際の裁判では、約3か月にわたって連絡が取れない入居者の部屋を警察官立会いで開錠し、その後に鍵を交換したものの、違法な自力救済には当たらないと判断された事例があります。
なぜ、このケースでは違法とされなかったのでしょうか。
東京地裁平成26年11月27日判決をもとに、入居者と連絡が取れなくなったとき、貸主・管理会社はどう対応すべきかを考えます。
入居者と連絡が取れなくても、勝手な入室・鍵交換は避ける
まず押さえておきたいのが、自力救済は原則として禁止されているということです。
賃貸借では、家賃を滞納している入居者に対して、
- 承諾なく貸室へ入る
- 鍵を交換して部屋を使用できなくする
- 退去を促す張り紙をする
といった行為が問題になります。
今回の判例解説でも、賃借人に債務不履行があったとしても、このような行為は違法となり、貸主が損害賠償責任を負う場合があるとされています。
つまり、
「家賃を払っていない」
「何度連絡しても反応がない」
という事情だけで、貸主や管理会社が自由に入室したり、鍵を交換したりできるわけではありません。
では、今回のケースは何が違ったのでしょうか。
3か月音信不通の部屋を警察官立会いで開錠
今回の物件はマンションの一室です。
管理会社が賃借人Aへ管理会社や賃料振込先の変更を連絡しようとしましたが、連絡が取れず、賃料の支払いもありませんでした。
そのまま音信不通の状態が約3か月続いたため、管理会社はAが室内で死亡している可能性を疑います。
そこで自己判断で部屋を開けるのではなく、警察へ相談。
警察官立会いのもとで部屋を訪問し、応答がなかったことから開錠して室内へ入りました。
室内には契約者ではない男性がいた
ところが、室内にいたのはAではありませんでした。
Bという別の男性が横になっており、
「Aとは無関係のCという人物から鍵を借りた」
と説明しました。
さらにBは他人名義の診察券を所持し、玄関にはさまざまなサイズの靴が複数ありました。
こうした状況から、鍵がコピーされ、不特定多数の人物が出入りしている可能性が高いと考えられました。
そこで警察官は、証拠保全のため、現在の鍵では出入りできないようにする措置を取るよう指示。
貸主と管理会社は、この指示に基づいて鍵を交換しました。
問題はここです。
入居者に無断で鍵を交換したのに、なぜ違法な自力救済にならなかったのでしょうか。
なぜ鍵交換が違法な「自力救済」とされなかったのか
裁判所が重視したのは、単に**「警察官が立ち会っていた」**という一点ではありません。
鍵交換に至った経緯と、その後の対応に重要な違いがありました。
1.警察官の示唆を受けた現場保存のための措置だった
今回、貸主側が、
「家賃を払わないから鍵を替えよう」
と判断したわけではありません。
警察官立会いで室内を確認した結果、不特定多数の人物が出入りしている可能性が高い状況が判明し、証拠保全のため、現在の鍵では出入りできない措置を取るよう警察官から指示されています。
裁判所も、何らかの違法行為があると認識した警察官の示唆を受け、現場保存のために鍵を交換したことを判断材料としています。
つまり、目的は滞納している賃借人を追い出すことではなく、現場を保全することでした。
2.契約者本人には新しい鍵を渡せる状態だった
もう一つ重要なのが、鍵交換後の対応です。
貸主と管理会社は玄関扉の横に案内文を掲示し、二次被害防止・証拠保全のため警察署の指示のもと鍵を交換したことを知らせました。
さらに、
本人から連絡があれば、新しい鍵をすぐに渡して入室できる
ようにしていました。
つまり、Aを物件から締め出すための鍵交換ではありません。
裁判所も、Aは容易に物件を使用・収益できる状況にあったとして、この鍵交換を違法な自力救済とは認めませんでした。
この2点を押さえると、通常の「滞納者を締め出すための鍵交換」と今回のケースの違いが見えてきます。
「警察立会いなら鍵交換していい」という判例ではない
ここは誤解しないよう注意が必要です。
今回の判例から、
「3か月連絡が取れなければ入室できる」
あるいは、
「警察を呼べば鍵交換できる」
という一般的なルールを導くことはできません。
今回の事案には、
3か月音信不通
↓
室内で死亡している可能性を疑う
↓
警察へ相談
↓
警察官立会いで開錠
↓
契約者ではない男性を発見
↓
不特定多数の出入りが疑われる
↓
警察官が証拠保全の措置を指示
↓
鍵交換
↓
契約者本人には新しい鍵を渡せる状態を確保
という具体的な事情がありました。
元の判例解説でも、自力救済は原則として禁止され、法律上の手続きでは現状を維持することが不可能または著しく困難であるような「緊急やむを得ない特別の事情」があり、必要な限度を超えない場合に例外的に許されるものと整理されています。
したがって、「何か月連絡が取れなければ入室してよい」といった一律の基準はありません。
入居者と連絡が取れないときの対応フロー
入居者と連絡が取れない場合は、家賃滞納の有無だけで判断せず、状況を一つずつ確認していくことが重要です。

基本的な流れは、
連絡を試みる
→ 連絡状況を記録する
→ 安否確認の必要性を検討する
→ 必要に応じて警察へ相談する
→ 自己判断で開錠・鍵交換をしない
→ 法的対応が必要なら専門家へ相談する
というものです。
特に重要なのは、「○日・○か月連絡が取れないから開ける」と機械的に判断しないことです。
今回の判例で約3か月音信不通だったことは事実ですが、「3か月」が一般的な開錠基準として示されたわけではありません。
また、緊急性や事件性などが疑われる場合には、自己判断で部屋へ入る前に警察への相談を検討します。
契約解除・明渡しなど法的判断が必要になる場合には、弁護士などの専門家への相談も必要です。
元の判例解説も、緊急やむを得ない事情がある場合であっても、警察官の立会いを求めてその指示に従うことや、弁護士に対処策を相談するなど、慎重な対応が必要だとしています。
こんなときは管理会社・専門家へ相談を
入居者と連絡が取れなくなった場合、必要な対応は状況によって異なります。
たとえば、
- 家賃滞納と音信不通が続いている
- 安否が心配だが、入室してよいのか判断できない
- 契約者以外の人物が出入りしている可能性がある
- 家賃保証会社との調整が必要になっている
- 賃貸借契約の解除や明渡しまで検討している
といった場合には、貸主だけで対応を決めず、まず状況を整理することが重要です。
管理を委託している場合は管理会社へ相談し、契約解除・明渡しなど法的判断を伴う場合には、必要に応じて弁護士などの専門家へ相談してください。
横浜不動産総合窓口では、横浜エリアの賃貸管理に関するご相談を受け付けています。
「入居者と連絡が取れないが、何から確認すればよいのか分からない」といった段階でも、現在の状況を整理するところからご相談いただけます。
まとめ|重要なのは「鍵を交換したか」だけではない
今回の判例では、約3か月連絡が取れない入居者の部屋を警察官立会いで開錠し、その後、鍵を交換しました。
それでも違法な自力救済ではないと判断された背景には、
警察官の示唆・指示を受けた現場保存のための措置だったこと
そして、
契約者本人が連絡すれば、新しい鍵を受け取って部屋を使用できる状態だったこと
という事情がありました。
この判例から読み取るべきなのは、
「警察がいれば鍵交換できる」
「3か月連絡が取れなければ入室できる」
というルールではありません。
入居者と連絡が取れない場面ほど、自己判断で強引に進めず、なぜ確認が必要なのか、どのような方法が適切なのかを一つずつ整理する。
そのうえで、必要に応じて警察や専門家と連携して対応することが重要です。
参考判例・出典
- 東京地方裁判所 平成26年11月27日判決(ウエストロー・ジャパン)
- 一般財団法人 不動産適正取引推進機構「最近の判例から ⑽-鍵交換による自力救済行為-」
- 判例解説:警察官立会いの下で開錠し、警察の要請により鍵を交換した行為が自力救済には当たらないとされた事例
※本記事は上記判例・判例解説をもとに、賃貸管理実務の参考情報として整理したものです。個別案件では事実関係や契約内容によって判断が異なるため、法的判断が必要な場合は弁護士等の専門家へご相談ください。
