賃貸中の不動産を売却するとき、建物の状態や査定価格は確認していても、賃貸借契約の内容や入居者の現在の状況まで把握できていないことがあります。
たとえば、次のようなケースです。
- 相続で賃貸物件を引き継いだ
- 管理会社に任せたままで、契約書を見たことがない
- 入居者と直接話したことがない
- 修繕や苦情の履歴を把握していない
- 毎月の賃料が入金されていることしか確認していない
この状態のまま、賃貸中の物件を売却しても問題はないのでしょうか。
物件を所有していることと、物件の契約状況や管理状況を把握していることは、同じではありません。
売却後に買主が引き継ぐのは、建物だけではありません。現在の賃貸借契約、入居者との合意、預かっている敷金、修繕対応、未解決の苦情なども含めて引き継ぐことになります。
そのため、賃貸中の不動産を売却する際は、「自分は知らなかった」と説明できるかを考える前に、売却前に確認できる事項を確認しておくことが重要です。
350万円の築古戸建てで、約404万円の賠償が認められた事例
今回紹介するのは、築42年の賃貸中の戸建て住宅について、売主が雨漏りを知りながら買主に告げず、損害賠償責任を負った事例です。
買主は、不動産投資用の戸建てを探していました。
契約前に媒介業者を通じて、売主側へ雨漏り、シロアリ、水害、建物の傾きなどがないか確認したところ、売主側の媒介業者からは、雨漏りなどはないようだという回答がありました。
物件状況確認書でも、雨漏りについて「現在まで雨漏りは発見していない」という欄にチェックが付けられていました。
買主は、売買代金350万円で物件を購入しました。
契約書や重要事項説明書には、築42年を経過しており、屋根、躯体、配管、電気配線などについて相当の経年劣化があることが記載されていました。
さらに、現状有姿で引き渡すことや、瑕疵担保責任を免責する旨も記載されていました。これは、現在の民法でいう契約不適合責任に関係する特約です。
ところが、買主が購入後に入居者へ挨拶したところ、1階和室のカーテンや壁が雨漏りで濡れ、室内もカビ臭く、入居者が近く退去する予定であることを知らされました。
裁判では、入居者が以前から管理会社へ雨漏りの苦情を伝え、管理会社から売主にもその状況が伝えられていたことが認定されています。
売主自身も雨染みを確認し、一部については業者へ補修を依頼し、そのほかの部分を自分で修理していました。
つまり、売主は雨漏りを知らなかったのではありません。
売主は、物件の価値に大きな影響を与える雨漏りと、入居者が退去する意向を把握しながら、買主にはその事実を告げず、雨漏りの存在を否定していました。
裁判所は、この行為を故意に虚偽の事実を伝えた欺罔行為と判断し、物件代金、司法書士費用、媒介手数料、弁護士費用を含む約404万円の損害賠償を認めました。
この判例で問題になったのは、築古物件に雨漏りが存在したことだけではありません。
売主が重要な事情を知りながら、買主へ事実と異なる説明をしたことが問題となりました。
賃貸物件の価値を左右するのは、建物の状態だけではない
不動産の売却というと、屋根や外壁、設備、雨漏りなど、建物自体の状態に目が向きがちです。
しかし、賃貸中の不動産では、建物の状態だけを確認しても十分ではありません。
買主が購入後に引き継ぐ賃貸借関係も、物件の価値や購入判断に大きく影響します。
建物や設備に関する情報
- 雨漏りや漏水
- シロアリ被害
- 建物の傾き
- 給排水設備や電気設備の不具合
- 過去の修繕履歴
- 所有者が行ったDIY補修
- 入居者から依頼されている未対応の修繕
賃貸借契約に関する情報
- 現在の賃料
- 契約期間
- 更新状況
- 敷金や保証金の預かり額
- 保証会社への加入状況
- 滞納や支払い遅延
- 駐車場や物置などの付属契約
- 契約書とは異なる実際の運用
入居者に関する情報
- 退去の申出や退去予定
- 更新を希望しているか
- 修繕や騒音などの苦情
- 所有者や管理会社との間で生じている問題
- 契約書に記載されていない口頭の約束
- 同居人、ペット、駐車場利用などの届出状況
オーナーチェンジ物件では、現在入居者が住んでいるという事実だけでは、物件の収益性を判断できません。
購入後すぐに入居者が退去すれば、賃料収入は途絶えます。
さらに、大規模な修繕が必要であれば、修繕が完了するまで再募集できず、当初想定していた利回りが大きく変わることもあります。
今回の判例でも、雨漏りそのものだけでなく、入居者が雨漏りを理由に退去する意向を持っていたことが、投資用物件としての価値に大きく影響する事情として扱われています。
「本当に知らなかった」なら問題はないのか
売却後に問題が見つかったとき、売主から次のような説明がされることがあります。
- 管理会社に任せていたので知らなかった
- 入居者から直接聞いていなかった
- 契約書を見たことがなかった
- 以前の所有者が決めた条件なので分からない
実際に把握していなかった事情について、すべての責任を負うと一律に判断されるわけではありません。
個別の責任は、売主がどのような事情を知っていたか、どのような説明をしたか、買主から質問を受けていたかなどによって変わります。
ただし、手元の契約書や管理会社の記録など、売却前に確認できる資料を確認しないまま、「知らなかった」ことだけを前提に取引を進めるのは危険です。
たとえば、次のような場合です。
- 手元に契約書があるのに確認していない
- 管理会社へ契約状況を問い合わせていない
- 修繕履歴や対応記録を受け取っていない
- 過去のメールや報告書を確認していない
- 入居者からの苦情が管理会社に残っている
- 所有者自身が過去に修繕や補修をしている
- 退去の相談を受けていたのに整理していない
こうした事情が後から判明すれば、買主から「売却前に確認できたのではないか」と指摘される可能性があります。
売却前に重要なのは、「知らなかったと言えるか」を考えることではありません。
確認できる事項を、実際に確認したかどうかです。
管理会社に任せていても、売却前の確認は必要
管理会社へ賃貸管理を委託している場合、所有者が日常的な入居者対応や修繕対応を把握していないことは珍しくありません。
ただし、管理を任せていることと、情報が存在しないことは別です。
管理会社には、次のような資料や記録が残っている可能性があります。
- 賃貸借契約書
- 更新契約書
- 入居者台帳
- 賃料の入金状況
- 滞納や督促の記録
- 修繕対応履歴
- 入居者からのメールや電話の記録
- 解約や退去に関する相談
- オーナーへ報告した内容
- オーナーの承認待ちとなっている修繕
- 保証会社の加入状況
- 敷金や保証金の預かり状況
売却前には、これらの情報を管理会社から取得し、現在の状況を整理する必要があります。
管理会社が何を把握しているかを確認せず、所有者の記憶だけで告知書や物件状況確認書を作成すると、実際の状況との食い違いが生じることがあります。
特に、長期間同じ管理会社へ任せていた物件や、管理会社が途中で変わった物件では注意が必要です。
前の管理会社にしか残っていない資料や、所有者へ十分に引き継がれていない情報がある場合もあります。
売却前の確認で、契約後のトラブルを防げたケース
当社へ賃貸中物件の売却をご相談いただいた際にも、所有者が現在の契約状況や入居者とのやり取りを十分に把握していないケースがありました。
所有者としては、毎月賃料が入金されており、特に問題はないという認識でした。
しかし、売却前に賃貸借契約書、更新状況、入金履歴、管理会社の対応記録などを確認し、必要に応じて借主へ現在の状況を聞き取ったところ、所有者が把握していなかった契約条件や、修繕に関する事情が判明しました。
当初把握していた内容のまま売却活動を進めていれば、買主へ説明した賃貸条件と、実際の入居状況との間に相違が生じる可能性がありました。
事前に確認できたことで、売却条件や買主への説明内容を整理し、契約後の認識相違が生じにくい形で売却を進めることができました。
売却前の確認は、問題を見つけて取引を止めるためだけに行うものではありません。
問題があるなら、どのように説明し、どのような条件で売却するかを事前に整理するために行うものです。
借主へのヒアリングで何を確認するのか
書類や管理会社の記録だけでは、現在の状況を把握できないこともあります。
その場合、必要に応じて借主へ状況を確認することがあります。
確認する内容としては、次のようなものが考えられます。
- 現在困っている建物や設備の不具合
- 修繕を依頼したまま未対応となっている事項
- 契約書に記載されていない利用条件
- 駐車場や物置などの利用状況
- ペットや同居人などの届出状況
- 更新や退去について相談している事項
- 所有者や管理会社との認識が異なっている点
- 過去に口頭で認められた条件
ただし、借主へのヒアリングは、突然所有者が訪問して聞けばよいというものではありません。
賃貸物件の売却予定を知らされた借主が、不安を感じることもあります。
また、売却するから退去しなければならないと誤解される可能性もあります。
そのため、借主への確認を行う場合は、次のような点に配慮する必要があります。
- 管理会社を通じて連絡する
- 確認の目的を説明する
- 売却予定をどこまで伝えるか整理する
- 借主の個人情報を買主へ安易に提供しない
- 購入希望者を突然訪問させない
- 確認した内容を記録する
ヒアリングの目的は、借主を疑うことではありません。
契約書や管理会社の記録と、実際の利用状況が一致しているかを確認することです。
売却前に最低限そろえたい資料
賃貸中の不動産を売却する場合は、査定を依頼する前後の段階で、次の資料を可能な限りそろえておくことをおすすめします。
契約に関する資料
- 賃貸借契約書
- 更新契約書
- 重要事項説明書
- 入居申込書
- 保証会社の契約書
- 駐車場や物置などの契約書
- 覚書や合意書
- 定期借家契約の場合は再契約関係の書類
賃料や預かり金に関する資料
- 賃料の入金履歴
- 滞納状況
- 敷金や保証金の預かり額
- 管理料や共益費の内訳
- 賃料以外に受領している金銭
- 保証会社からの代位弁済履歴
建物や管理に関する資料
- 修繕履歴
- 工事の見積書や請求書
- 管理会社の対応記録
- 入居者からの苦情や修繕要望
- 設備の点検記録
- 建物や室内の写真
- 火災保険などの事故対応履歴
- 所有者が行った補修の内容
資料が不足している場合には、管理会社、以前の所有者、施工業者などへ確認できることもあります。
何も資料がないまま売却を進めるのではなく、どの情報が確認でき、どの情報が確認できないのかを整理しておくことが重要です。
売却前に問題が見つかっても、必ず売れないわけではない
売却前に雨漏り、修繕要望、契約内容の相違などが見つかると、所有者は「問題を確認したら売れなくなるのではないか」と心配するかもしれません。
しかし、問題があることと、売却できないことは同じではありません。
売却前に把握できれば、次のような対応を検討できます。
- 売却前に修繕する
- 現状のまま買主へ説明して売却する
- 修繕費を見積もり、売買価格へ反映する
- 契約条件や特約を調整する
- 管理会社の記録や写真を買主へ開示する
- 入居者との契約内容を整理する
- 敷金や保証金の承継額を確定する
- 買主が引き継ぐ事項を書面で明確にする
売却前に問題を把握できれば、対応方法を選ぶことができます。
一方、契約後に問題が判明した場合は、買主から説明不足や告知義務違反を指摘され、契約解除や損害賠償をめぐる争いに発展する可能性があります。
問題そのものよりも、問題を把握しないまま、または説明しないまま契約を締結することのほうが、取引後のリスクを大きくします。
当社が賃貸中物件の売却相談で確認していること
当社では、賃貸中の戸建て、アパート、区分マンションなどの売却相談を受けた際、査定価格だけを確認するのではなく、現在の賃貸状況や管理状況も確認しています。
主な確認事項は次のとおりです。
- 所有者が把握している経緯の聞き取り
- 賃貸借契約書や更新契約書の確認
- 賃料、共益費、敷金などの整理
- 入金状況や滞納の有無
- 保証会社への加入状況
- 管理会社からの資料取得
- 修繕履歴や入居者対応履歴の確認
- 解約や退去に関する相談の有無
- 必要に応じた借主への状況確認
- 買主へ開示すべき事項の整理
- 売買契約の条件や特約への反映
賃貸中の物件では、表面的な利回りや入居率だけでは分からない事情があります。
売却前に契約と管理の状況を確認し、買主が引き継ぐ内容を整理することが、取引後のトラブル防止につながります。
まとめ
賃貸中の不動産を売却する場合、建物の外観や査定価格だけを確認しても十分ではありません。
現在の賃貸借契約、修繕履歴、入居者からの申告、退去の意向、管理会社とのやり取りなど、買主の判断に影響する情報を整理する必要があります。
今回紹介した判例では、売主が雨漏りと入居者の退去意向を知りながら買主へ告げず、雨漏りの存在を否定した結果、売買価格350万円の物件について約404万円の損害賠償責任が認められました。
現状有姿や責任を免除する特約があっても、知っている重要な事情を隠してよいわけではありません。
また、「管理会社に任せていた」「詳しいことは知らない」という場合でも、売却前に確認できる情報が残っていることがあります。
問題がある物件だから売却できないのではありません。
問題を把握し、買主へ説明し、売却条件に反映できる状態にしてから取引を進めることが重要です。
売却前に調べるほうが、売却後に争うよりも、はるかに負担は小さくなります。
出典
- 東京地方裁判所 令和4年2月17日判決
- 一般財団法人 不動産適正取引推進機構 RETIO No.129
- 「建物価値を超える補修費用が掛かる雨漏りを故意に告知しなかった売主の損害賠償責任が認められた事例」
注意事項
※本記事は、東京地方裁判所令和4年2月17日判決を紹介したRETIOの裁判例解説をもとに、賃貸中不動産の売却実務における確認事項を一般的に整理したものです。個別の取引や法的責任については、契約内容や具体的な事情によって判断が異なります。必要に応じて弁護士などの専門家へご相談ください。
