「更新時に更新料として賃料1か月分を支払う」
「契約終了後も明渡しが遅れた場合は、賃料等の2倍相当額を支払う」
といった条項が設けられることがあります。
こうした借主に金銭的な負担を課す条項は、消費者契約法によって無効になるのでしょうか。
今回紹介するのは、不動産事業者が使用していた更新料支払条項と、明渡し遅延時の倍額賠償予定条項について、適格消費者団体が使用差止めなどを求めた事例です。
東京高裁は、更新料1か月分についても、明渡し遅延時の賃料等2倍相当額についても、消費者契約法9条1号・10条によって無効とは認めませんでした。
ただし、この判決を、
「更新料1か月なら必ず有効」
「明渡し遅延なら2倍にしておけば問題ない」
と理解するのは適切ではありません。
この記事では、裁判所がどのような事情を考慮したのかを確認しながら、貸主・管理会社が賃貸借契約書を見るときのポイントを整理します。
結論|更新料1か月・明渡し遅延2倍は無効とは認められなかった
今回の判例は、東京高裁平成25年3月28日判決です。
問題となった主な契約条項は、次の2つでした。
| 契約条項 | 内容 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|
| 更新料 | 2年間の契約期間経過ごとに賃料等1か月分 | 無効とは認められない |
| 明渡し遅延 | 契約終了翌日から明渡しまで賃料等の2倍相当額 | 無効とは認められない |
適格消費者団体は、これらの条項が消費者契約法9条1号・10条により無効であるとして、契約条項の使用差止めなどを求めました。
しかし、一審に続いて東京高裁もその主張を認めず、控訴を棄却しています。
重要なのは、「1か月」「2倍」という数字だけで判断されたわけではないという点です。
それぞれの条項について、裁判所がどのように判断したのかを見ていきます。
どのような賃貸借契約だったのか
更新料は2年ごとに賃料等1か月分
問題となった契約では、賃借人が契約の継続を選択した場合、更新後の賃料等1か月分を更新料として支払うことになっていました。
契約期間は2年間です。
さらに、合意による更新だけではなく、
法定更新された場合でも、2年間の期間が経過するごとに更新料を支払う
という内容でした。
明渡しが遅れた場合は賃料等の2倍
もう一つが、契約終了後の明渡しに関する条項です。
賃借人が物件の明渡しを遅延した場合、
契約終了日の翌日から明渡し完了日まで、賃料等の2倍相当額
を使用料相当損害金として支払うことになっていました。
ただし、この2倍相当額とは別に、さらに通常の賃料を支払うという内容ではありませんでした。
「明渡しが遅れれば2倍」という部分だけを見ると、借主にとってかなり重い契約に見えます。
そこで問題となったのが、消費者契約法との関係です。
なぜ契約条項の使用差止めまで争われたのか
今回の訴訟を起こしたのは、個々の借主ではなく適格消費者団体です。
適格消費者団体は、不動産事業者が使用していた更新料条項や明渡し遅延時の倍額賠償予定条項について、消費者契約法9条1号・10条により無効であると主張しました。
そして、
- 契約の申込みまたは承諾の意思表示の停止
- 契約書用紙の破棄
- 従業員への周知・徹底
などを求めました。
つまり、
「ある借主が更新料を払う必要があるか」
という個別の支払いだけを争った事件ではありません。
不動産事業者が、このような条項を含む契約書を使用すること自体が争われた事例です。
裁判所が「更新料1か月」を無効としなかった理由
更新料は「契約を継続することの対価」
裁判所は今回の更新料について、
賃貸借契約を継続することの対価
として位置づけました。
賃借人が契約継続を選択すること自体が権利の行使であったとしても、その選択によって賃貸借契約を継続できる利益が具体化することに変わりはない。
そのため、その対価を支払う理由がないとはいえないと判断しています。
賃料等1か月分が高額すぎるとはいえなかった
金額についても検討されています。
今回の更新料は、賃料等1か月分。
更新される契約期間は2年間です。
裁判所は、賃料額や更新される期間などに照らして、更新料が特に高額に過ぎるなどの事情はないと判断しました。
また、契約締結にあたり、賃貸人と賃借人との間に、情報の質・量や交渉力の格差が存在することをうかがわせる事情も認められないとしています。
その結果、更新料支払条項は、消費者契約法10条のいう「消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないとされました。
契約途中で終了しても更新料を返還しない条項は?
今回の契約では、契約期間中に賃貸借契約が終了した場合でも、更新料の一部を返還しない内容となっていました。
この点についても裁判所は、更新料が契約継続の対価であることを理由として、返還しないことが消費者契約法9条1号に該当するとは認めませんでした。
つまり、
「借主がお金を支払う条項だから不当」
と判断されたわけではありません。
更新料の性質、金額、契約期間などを踏まえて判断されたことがポイントです。
なぜ「明渡し遅延で2倍」も無効にならなかったのか
今回の判例で、より目を引くのはこちらでしょう。
明渡しが遅れた場合、賃料等の2倍相当額。
たとえば賃料等が月10万円なら、単純計算では月20万円相当です。
それでも裁判所は、この条項を無効とは認めませんでした。
契約終了時点ではまだ損害が発生していない
まず問題となったのが、消費者契約法9条1号との関係です。
裁判所は、明渡し遅延による損害について、
賃借人が物件の返還義務を履行せず、使用を継続することによって初めて発生する
ものだと整理しました。
契約終了時点では、その後に明渡しが遅れるかどうかはまだ分かりません。
そのため、この条項を消費者契約法9条1号にいう「契約の解除に伴う損害賠償の額の予定や違約金」と解することは相当ではないと判断しています。
明渡しが遅れれば貸主にも損害が発生する
では、なぜ「2倍」という金額まで認められたのでしょうか。
裁判所は、明渡しが遅れた場合に貸主側へ生じ得る損害についても検討しています。
賃借人が物件を明け渡さなければ、貸主はその物件をほかの人に貸して収益を得ることができません。
さらに、
- 賃借人との明渡し交渉
- 明渡し訴訟
- 強制執行
などに要する費用の負担も想定されるとしています。
明渡しを促す機能も考慮された
裁判所は、この使用料相当損害金には、
明渡し義務の履行を促すための違約金としての要素
も含まれているとしています。
また、この条項によって賃借人に不利益が生じるかどうか、その範囲は賃借人自身の行為によって左右されます。
期限どおりに明け渡せば、この倍額の使用料相当損害金は発生しません。
こうした事情を考慮した結果、賃料等の2倍という金額についても、
高額に過ぎる、または条項の目的との均衡を失しているとはいえず、不当ではない
と判断されました。
「明渡し遅延は2倍なら有効」という判決ではない
ここは、この判例を実務で使ううえで特に注意したいところです。
今回の判決を、
「明渡し遅延時の損害金は2倍にしておけば有効」
と一般化することはできません。
裁判所は「2倍」という倍率だけを見て判断したわけではないからです。
今回の事案では、
- 明渡しが遅れれば貸主がほかの人に貸せないこと
- 明渡し交渉や訴訟、強制執行などの負担が想定されること
- 明渡しを促す機能があること
- 賃借人自身の行為によって不利益の発生を回避できること
などが考慮されています。
更新料についても同様です。
今回問題となったのは、
2年間の契約について賃料等1か月分
という内容でした。
裁判所自身が、賃料額や更新期間などに照らして、「特に高額に過ぎるなどの特段の事情」があるかどうかを検討しています。
したがって、この判例だけから、
「更新料なら何か月分でもいい」
「明渡し遅延なら3倍、5倍でもいい」
と判断することはできません。
貸主・管理会社が契約書で確認したいポイント
ここからは、今回の判例を踏まえた実務上の整理です。
判決が以下のチェック項目を直接示したわけではありませんが、貸主・管理会社が契約書を確認する際には、少なくとも次の点を整理しておくとよいでしょう。
更新料条項で確認したいこと
| 確認項目 | チェックする内容 |
|---|---|
| 更新料の額 | 賃料等の何か月分か |
| 契約期間 | 何年ごとの更新か |
| 発生条件 | 合意更新・法定更新をどう扱うか |
| 支払時期 | いつ支払義務が発生するか |
| 中途終了 | 更新後に契約が終了した場合の返還をどう扱うか |
今回の契約では、2年間の契約期間が経過する都度、法定更新の場合でも更新料が発生する内容でした。
明渡し遅延損害金で確認したいこと
| 確認項目 | チェックする内容 |
|---|---|
| 発生日 | いつから損害金が発生するか |
| 終了日 | いつまで発生するか |
| 算定基準 | 賃料か、賃料等か |
| 倍率 | どの程度に設定されているか |
| 二重請求 | 通常の賃料との関係をどう定めるか |
今回の契約では、契約終了日の翌日から明渡し完了日まで賃料等の2倍相当額を支払う一方、それとは別に賃料を支払う必要はないとされていました。
重要なのは、
過去の判例で「2倍」が無効にならなかったから、その数字だけをコピーする
という考え方をしないことです。
契約条項の目的、適用条件、金額とのバランスを整理しておく必要があります。
明渡しトラブルが起きたときに確認したい資料
実際に契約終了後の明渡しが遅れている場合は、契約書の「2倍」という条項だけを確認して終わりではありません。
実務上は、たとえば次の資料を整理しておくと、事実関係を確認しやすくなります。
- 賃貸借契約書
- 更新契約書
- 解約通知・契約終了通知
- 契約終了日や明渡し予定日が分かる資料
- 鍵の返却記録
- 借主とのメール・書面などのやり取り
- 室内の現況確認記録
- 明渡し交渉の記録
- 明渡しに関連して実際に発生した費用の資料
特に確認したいのは、
「いつ契約が終了し、いつ実際に明渡しが完了したのか」
という時系列です。
今回の条項でも、使用料相当損害金の発生期間は「契約終了日の翌日から明渡し完了日まで」とされていました。
なお、実際に請求できる金額や契約条項の有効性について争いがある場合は、個別事情によって判断が変わるため、弁護士などの専門家への確認が必要です。
借主側も「違約金だから無効」とは限らない
借主側から契約書を見る場合も、
「違約金」
「損害金」
「2倍」
といった強い表現だけで判断するのは避けたほうがよいでしょう。
今回の判例を見る限り、
借主に負担があるという理由だけで、当然に無効になるわけではありません。
特に明渡し遅延について、裁判所は、この条項によって賃借人に生じる不利益の有無や範囲が、
賃借人自身の行為によって左右される
ことも考慮しています。
契約書を確認するときは、
「自分に不利か」
だけを見るのではなく、
どのような場合に、その条項が適用されるのか
まで確認することが重要です。
契約条項は「厳しいか」だけでは判断できない
今回の東京高裁判決では、
- 更新料として賃料等1か月分
- 明渡し遅延時に賃料等2倍相当額
という条項について、消費者契約法9条1号・10条により無効とは認められませんでした。
元資料でも、この判例について、更新料に関する最高裁平成23年7月15日判決を引用しながら、実務の実態も踏まえた判断として参考になると整理されています。
この判例から読み取れるのは、
契約条項は、借主に厳しく見えるかどうかだけでは判断できない
ということです。
確認すべきなのは、
- その条項にはどのような目的があるのか
- どのような場合に適用されるのか
- 金額はどの程度か
- その金額が契約内容や想定される損害との関係でどう評価されるか
といった点です。
特に、今回の判例だけを根拠として、
「更新料は1か月なら必ず有効」
「明渡し遅延損害金は2倍なら問題ない」
と一般化するのは避けるべきでしょう。
判例は、具体的な契約内容と事実関係を前提として判断されたものだからです。
まとめ|数字をまねるのではなく、条項の理由まで確認する
今回の判例では、
更新料1か月分も、明渡し遅延時の賃料等2倍相当額も、無効とは認められませんでした。
ただし、重要なのは「1か月」「2倍」という数字そのものではありません。
裁判所は、
- 更新料の性質
- 更新料の額と契約期間
- 情報・交渉力に関する事情
- 明渡し遅延によって想定される損害
- 明渡しを促すという条項の機能
- 賃借人自身の行為との関係
などを踏まえて判断しています。
貸主・管理会社が契約書を確認するときは、
「過去にこの数字が認められたから使う」のではなく、「なぜこの条項を設けるのか」を確認すること
が大切です。
また、実際に更新料や明渡し遅延損害金をめぐってトラブルになっている場合は、契約書だけでなく、契約終了までの経緯や通知、明渡し状況、交渉記録なども整理したうえで、必要に応じて専門家へ相談してください。
出典
東京高裁 平成25年3月28日判決
判例時報2188号57頁
RETIO No.105
「最近の判例から ⑹-消費者契約法に基づく差止請求-」
注意事項
本記事は、公表された裁判例をもとに一般的な情報を整理したものです。
個別案件についての法的判断は、契約内容や事実関係によって異なります。具体的な対応については、弁護士などの専門家へご相談ください。
