定期借家契約を結ぶ予定だったものの、契約開始日はすでに過ぎ、契約書への署名・押印や定期借家契約であることの説明が終わっていない。このような場合、オーナーは「もう定期借家契約としては無効なのではないか」「普通借家契約として扱われ、期間満了でも退去を求められないのではないか」と不安になるでしょう。
実際に、契約開始日から約1か月後に契約書と借地借家法38条に基づく説明書面が作成され、定期借家契約の有効性が争われた裁判例があります。裁判所は契約を有効としましたが、後から手続きしてよいと認めた判決ではありません。同じ借主との再契約や法人の借主、契約成立前の説明と認定されたことなど、特殊な事情が重なった事例です。
結論|開始日より後に契約書を作っても、直ちに無効とは限らない
定期借家契約書の作成日や38条書面の交付日が契約開始日より後でも、それだけで直ちに無効になるとは限りません。重要なのは書面上の開始日ではなく、実際の契約成立時点です。
今回の裁判では、借主が契約書へ記名押印して契約が成立する前に、38条書面の交付と説明が行われたと認定されました。契約成立後の交付や説明記録のない事案でも、同じ判断になるとは限りません。
定期借家契約では、契約前の書面交付と説明が必要
定期借家契約は、期間満了で原則として更新されずに終了する賃貸借契約です。借主への影響が大きいため、貸主は契約締結に先立ち、「更新がないこと」「期間満了で終了すること」を記載した書面を交付し、説明しなければなりません。
この書面は一般に「38条書面」と呼ばれます。契約書に定期借家契約であると記載するだけでは足りず、契約書とは別の書面による説明が必要です。
今回はどのような契約だったのか
貸主と法人の借主は、建物について2010年6月15日から2016年6月14日まで、賃料月額50万円(別途消費税)の定期建物賃貸借契約を結んでいました。当初契約では38条書面が交付され、更新がなく期間満了で終了することも説明されていました。
その後、仲介会社が終了通知を出すことを失念したため、貸主は遅れて通知し、旧契約は2017年3月14日に終了しました。貸主と借主は同じ建物について、2017年3月15日から2020年3月14日までの3年間、同額の賃料で再契約しました。
しかし、契約書と38条書面が実際に作成されたのは2017年4月11日頃です。書面上の開始日である3月15日より約1か月後に、契約書の作成と38条書面の交付が行われたことになります。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2017年3月14日 | 旧契約が終了 |
| 2017年3月15日 | 新契約の開始日 |
| 2017年4月頃 | 再契約の手続きを実施 |
| 2017年4月11日頃 | 契約書と38条書面を作成 |
| 2020年3月14日 | 新契約の満了日 |
貸主は契約満了で賃貸借が終了したとして建物の明渡しを求めましたが、借主は定期借家契約が有効に成立していないと主張しました。
借主は「説明が遅れたため無効」と主張した
借主は、契約期間が3月15日から始まる一方、定期借家契約であるとの説明を受けたのは4月11日であり、契約開始後の説明では法律が求める「あらかじめ」の説明にならないと主張しました。
さらに、契約書へ記名押印する前に、貸主や仲介会社との電話で再契約に合意していたとも主張しました。つまり、38条書面を受け取る前に、すでに契約が成立していたという主張です。
裁判所が定期借家契約を有効とした理由
裁判所は、38条書面の交付と説明は、書面上の開始日ではなく定期借家契約の締結に先立って行われていればよいと判断しました。今回の契約は、借主が貸主の署名押印済み契約書を受け取り、自ら記名押印した時点で成立したと認定されています。
38条書面には、交付と説明を受けた旨の記載と借主の記名押印がありました。裁判所はこの証拠に加え、借主が法人でほかの定期借家契約にも関与した経験があることなどから、契約成立前に必要な説明が行われたと認定しました。
「開始日を過ぎても大丈夫」という判決ではない
今回の裁判例を一般化し、契約開始後に書類を作っても問題ないと考えるのは危険です。結論の背景には、次の事情がありました。
- 同じ借主との再契約:借主は以前から同じ建物で定期借家契約を結んでいました。
- 経験のある法人:借主はほかの定期借家契約にも関与した経験がありました。
- 説明の証拠:38条書面に、説明を受けた旨の記載と借主の記名押印がありました。
- 契約成立時点:電話のやり取りではなく、借主が契約書へ記名押印した時点で契約が成立したと認定されました。
初めて契約する個人の借主や、説明記録のない契約でも同じ結論になるとは限りません。
契約書の作成が遅れたオーナーが確認すべきこと
手続きが遅れているときは、契約成立時点、説明内容、残っている証拠を確認します。
契約書への署名・押印は終わっているか
双方の署名・押印が終わっていない場合、契約が正式に成立していない可能性があります。ただし、すでに重要な条件について合意し、押印前に契約が成立していると判断される場合もあるため、押印の有無だけでは断定できません。
38条書面を契約書とは別に交付しているか
契約書に更新がないことや期間満了で終了することが書かれていても、それだけでは法律上の事前説明を行ったことになりません。契約書とは別に38条書面を交付しているか確認します。
説明した証拠が残っているか
後から説明の有無を争われないよう、次の記録を残すことが重要です。
- 38条書面を交付した日と説明した日
- 説明担当者と説明内容
- 借主が書面を受領した記録
- 借主の署名または記名押印
- メール・郵送・電子契約の送受信記録
電話やメールですでに契約が成立していないか
物件、賃料、期間などの重要な条件に双方が合意していれば、契約書作成前に成立していたと主張される可能性があります。電話やメールの内容も時系列で確認します。
契約類型と借主の属性
今回の事案は、定期借家契約の経験がある法人との再契約でした。再契約でも書面交付と説明は必要であり、初めて契約する個人の借主では、契約内容を十分理解していたかがより厳しく確認される可能性があります。
書類の日付を遡らせて帳尻を合わせるのは危険
実際には4月に作成した契約書や38条書面を3月に作成したことにしても、手続きが適切に行われたことにはなりません。メール、電子契約、郵送記録、関係者間のやり取りから実際の日付が分かることもあり、事実と異なる日付は書類全体の信用性を損なう可能性があります。
日付を整えるのではなく、次の時系列を事実どおり整理することが重要です。
- いつ契約条件を提示したか
- いつ借主が契約条件に同意したか
- いつ38条書面を交付したか
- いつ定期借家契約について説明したか
- いつ契約書へ署名・押印したか
- いつ建物の使用を開始したか
トラブルの出発点は終了通知の出し忘れだった
今回のトラブルの発端は、仲介会社が旧契約の終了通知を出し忘れたことでした。期間が1年以上の定期借家契約では、貸主は期間満了の1年前から6か月前までの間に終了を通知する必要があります。
通知をしなければ、貸主は契約期間の満了を借主へ対抗できません。通知が遅れた場合、通知から6か月が経過するまで契約終了を主張できないため、契約締結時の38条書面だけでなく、終了前の通知管理も重要です。
次回の再契約で同じ失敗を防ぐために
管理会社や仲介会社へ任せる場合も、オーナー自身が満了日と終了通知期限を把握し、次の順番で進捗を確認します。
- 現在の契約満了日と終了通知期限を確認する
- 再契約するか、契約を終了するか判断する
- 借主へ契約終了または再契約の方針を伝える
- 38条書面を交付する
- 更新がなく、期間満了で終了することを説明する
- 借主から書面の受領確認を取る
- 定期借家契約書へ署名・押印する
- 契約開始日を迎える
説明担当者、書面の受領、手続き完了日も記録してください。自主管理の負担は賃貸物件を自主管理するリスクと管理会社の役割、建替えや明渡しは相続した古い賃貸物件の建替えと入居者明渡しでも整理しています。
まとめ
今回の裁判では、契約開始日から約1か月後に書面が作成されていましたが、正式な契約成立前に38条書面が交付・説明されたとして定期借家契約は有効と判断されました。ただし、同じ借主との再契約、経験のある法人、記名押印のある説明書面など、特殊な事情がありました。
この判決は後から手続きしてよいという意味ではありません。手続きが遅れている場合は日付を遡らせず、契約成立時点、書面交付日、説明日、終了通知を確認してください。横浜不動産総合窓口では、専門家へ相談する前の資料整理をお手伝いします。賃貸管理・不動産運用相談もご覧ください。
出典
- 東京地方裁判所 令和3年12月23日判決(ウエストロー・ジャパン)
- 一般財団法人 不動産適正取引推進機構 RETIO No.129「最近の裁判例から ⑼-定期建物賃貸借契約の有効性-」
- 判例解説:大嶺 優「定期建物賃貸借契約の再契約にあたり、契約開始日が契約締結日前であることで、38条書面の有効性が争われた事例」
注意事項
本記事は公表された裁判例をもとに一般的な情報を整理したものであり、個別案件に対する法律相談ではありません。
契約の成立時点や38条書面の有効性は、当事者間のやり取り、書面、説明内容など具体的な事実関係によって異なります。実際の契約については、必要に応じて弁護士などの専門家へご確認ください。
