相続前の資産整理として、親が所有する自宅や賃貸物件を子へ売ることがあります。将来の共有相続を避けたい場合や、親族が経営する法人の不動産を承継したい場合もあるでしょう。
親族間の取引でも、家族の一人が契約を進めているからといって、売買代金の受領や振込先の指定まで任されているとは限りません。売主名義の口座へ振り込む場合も、誰がどの権限でその口座を指定したのかを確認する必要があります。
結論:契約を結ぶ権限と、代金を受け取る権限は分けて確認します。
売主本人の意思、委任状、振込先、登記書類を決済前にそろえ、支払いと所有権移転登記を同じ流れで進めることが基本です。
売主名義口座へ3,900万円を振り込んでも「未払い」?
東京地方裁判所令和4年3月4日判決では、買主が、従前から賃借していた区分マンションを3,900万円で購入しました。売主は法人でしたが、契約を進めたのは、売主法人の業務や資産管理を長年担ってきた親族関係者でした。
買主は、その人物から案内された売主法人名義の銀行口座へ、売買代金3,900万円を振り込みました。しかし売主法人は、契約を進めた人物に代金受領権限はなく、支払いは有効ではないとして、所有権移転登記に応じませんでした。
裁判所は、口座が売主法人名義であることだけでは、売主や正当な受領権者への直接の支払いとは認められないとしました。契約書に振込先の記載がなく、その人物に支払方法を指定する権限があったとも認められなかったためです。
なぜ民法478条で支払いが有効とされたのか
それでも裁判所は、民法478条により支払いを有効と判断しました。同条は、実際には受領権限がない人への支払いでも、その人が外から見て受領権者であるように見え、支払った側が権限の不存在を知らず、知らなかったことに過失もない場合に、支払いを有効とする制度です。
この事案では、契約を進めた人物が約30年にわたり売主法人の業務や資産管理を担当し、法人名義口座の通帳等も管理していました。解雇や権限喪失の事情が買主へ知らされていなかったことなども踏まえ、受領権者としての外観と、買主の善意・無過失が認められました。
これは「売主名義の口座なら常に安全」という判断ではありません。長年の業務実態、口座管理、売主側の対応、買主が認識していた事情を総合して買主が救済された個別事例です。
契約締結権限と代金受領権限は同じではない
不動産売買の代理には、契約締結、価格・条件の決定、手付金や残代金の受領、振込先の指定、登記書類の交付など、複数の行為があります。ある行為を任されていても、別の行為まで当然に任されているとは限りません。
今回の裁判例でも、売主法人が売買契約を追認したことと、代金受領権限を追認することは別と整理されました。委任状には「売却手続一切」とだけ書かず、対象不動産、売買条件、代金受領、振込先指定、登記手続など、必要な権限を具体的に記載することが大切です。
賃貸物件でも、代表者が家賃を受け取る権限と、共有者が個別に振込先を変える権限は分けて確認します。詳しくは相続した共有不動産の賃料は誰が受け取るのかで整理しています。
親族間売買で決済前に確認したい書類
- 売主本人の意思:売却する不動産、価格、相手、支払方法を本人が理解し、同意しているか
- 本人・法人の確認:本人確認書類、登記事項証明書、法人の代表者事項などが現在の状態と合っているか
- 委任状:契約締結、代金受領、振込先指定、登記書類交付の権限がどこまで含まれるか
- 振込先の書面:契約書や決済案内に口座を記載し、売主本人または法人代表者の意思と一致するか
- 登記関係:登記事項証明書で所有者・抵当権等を確認し、所有権移転登記に必要な情報・書類を司法書士等と確認したか
- 決済の段取り:登記申請に進める状態を確認してから残代金を支払う流れになっているか
法務省も、不動産購入前に登記事項証明書等で所有者、差押え、抵当権の有無などを確認するよう案内しています。代金だけを先に全額支払い、登記関係書類を後日受け取る段取りは避け、司法書士等と事前に決済手順を確認してください。
親子間売買の価格と税金はどう考える?
親族間だから自由な価格で売ってよいとは限りません。国税庁は、個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、時価と対価の差額が贈与により取得したものとみなされると案内しています。「著しく低い」かどうかは個別事情で判断され、個人間取引に一律の2分の1基準があるわけではありません。
また、マイホーム売却の3,000万円特別控除は、親子や夫婦など「特別の関係がある人」への売却では、適用要件を満たしません。特別の関係に当たる範囲には、生計を一にする親族や一定の関係法人なども含まれるため、契約前に税理士等へ確認してください。
相続後に共有者が増えると、売却の意思決定が難しくなることがあります。共有のまま残す場合の確認点は、共有名義の不動産で売却が止まる理由も参考にしてください。
親族間売買で住宅ローンは利用できる?
取扱いは金融機関や商品によって異なります。例えば、住信SBIネット銀行とりそな銀行は、公式FAQで親族間売買を通常の住宅ローンの対象外と案内しています。一方で、資金使途の異なる有担保ローンなどが候補になる場合もあります。
「親子で借りるペアローン」と「親から子が不動産を買う親族間売買」は別の話です。売買契約を先に結ぶと資金計画が崩れるおそれがあるため、対象物件、売主と買主の関係、価格、居住予定を伝え、契約前に利用予定の金融機関へ確認してください。
親族間売買ほど第三者を入れる意味がある
関係が近いほど、口約束で価格や支払先を決め、本人確認や委任状を省略しがちです。紛争になったときは、誰が何を任されていたのかを後から証明しにくくなります。
不動産会社には価格・契約条件・物件調査の整理、司法書士には登記申請と本人・意思確認を含む登記実務、税理士には税負担、弁護士には代理権や権利関係の紛争を相談するなど、必要に応じて役割を分けます。相続前から賃貸物件の資料や管理を整える場合は、相続・管理引継ぎガイドも確認してください。
親子間・親族間売買のセルフチェック
- 売主本人の売却意思と判断能力を直接確認した
- 契約を進める人の本人確認を行った
- 委任状で契約締結権限を確認した
- 代金受領権限と振込先指定権限を別に確認した
- 振込口座を契約書または決済案内に明記した
- 売買価格の根拠となる査定・評価資料を残した
- 住宅ローンの利用可否を契約前に金融機関へ確認した
- 税務上の特例の可否を税理士等へ確認した
- 登記事項証明書と所有権移転登記の必要書類を確認した
- 残代金支払いと登記申請を同じ決済手順で進める
親族間売買と代金受領権限のFAQ
売主名義の口座へ振り込めば、売買代金の支払いは完了しますか?
必ずしも完了するとは限りません。口座名義に加え、振込先を指定した人に振込先指定権限や代金受領権限があるかを、契約書や委任状などで確認します。
売買契約を締結できる代理人なら、代金も受け取れますか?
契約締結権限と代金受領権限は別です。委任状に、代金受領や振込先指定の権限が含まれているかを確認します。
親が所有する不動産を子が購入する場合、委任状は必要ですか?
売主本人が契約や決済に立ち会わず、別の親族が代理する場合は、対象不動産と権限の範囲を記載した委任状を用意し、本人の意思も確認することが大切です。
親族間売買は相続対策になりますか?
資産整理の選択肢にはなりますが、必ず税負担が軽くなるわけではありません。譲渡所得税、贈与税、不動産取得税、登録免許税、将来の相続税を含めて専門家へ確認してください。
親族間売買でも不動産会社や司法書士を入れるべきですか?
価格、権限、支払条件、登記を当事者だけで曖昧にしないため、取引内容に応じて不動産会社、司法書士、税理士、弁護士へ確認する方法があります。
まとめ:近い関係ほど権限を紙に残す
親子間・親族間の不動産売買では、売主本人の意思、代理人の契約締結権限、代金受領権限、振込先指定権限を分けて確認することが重要です。売主名義口座への振込みだけで安全と判断せず、委任状、振込先の書面、登記書類、決済手順を一つずつ確認してください。
民法478条による救済は個別事情によるものです。相続前の資産整理として売買を検討する場合も、価格、税務、融資、登記まで含めて契約前に整理しましょう。
主な出典
- 不動産適正取引推進機構 RETIO No.130「最近の裁判例から(1)-民法478条の効力-」
- 国税庁 No.4423「個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき」
- 国税庁 No.3302「マイホームを売ったときの特例」
- 法務省「不動産登記のABC」
- 住信SBIネット銀行「親族間売買でも利用することはできますか?」
- りそな銀行「親族間での売買で住宅ローンを利用できますか」
※本記事は、東京地方裁判所令和4年3月4日判決を紹介したRETIO掲載の判例解説を参考に、一般向けに整理したものです。個別の取引については、弁護士、司法書士、税理士、宅地建物取引士などの専門家へご相談ください。
