貸店舗を所有しているオーナーにとって、「飲食店可」「重飲食相談」として募集することは珍しくありません。
特に前のテナントも飲食店だった場合、「以前も飲食店として使われていたのだから、次の借主も問題なく営業できるだろう」と考えてしまいがちです。
しかし、同じ飲食店でも、業態や使用する厨房機器によって必要な電気・ガス・給排水・排気能力は大きく異なります。
実際に、セントラルキッチン兼店舗として物件を借りた事業者が、契約後に排気ダクトの能力不足を知って出店を断念し、貸主と媒介業者に損害賠償を求めた裁判例があります。
この裁判では、最終的に貸主・媒介業者の責任は認められませんでした。
ただし、ここから「設備については借主の責任だから、貸主は何も確認しなくてよい」と考えるのは少し危険です。
裁判になるほどのトラブルを防ぐという観点では、貸主側でも募集前・契約前に整理しておきたいことがあります。
「重飲食相談」の物件を契約したものの、排気能力が足りなかった
今回取り上げるのは、東京高裁令和3年12月23日判決です。
借主は、セントラルキッチン兼店舗として使用できる物件を探していました。
媒介業者から紹介された東京都内の地下1階の物件には、「前業種:ダイニングバー」「重飲食相談」などと記載されていました。
借主は物件を内覧し、電気・ガス・水道の設備容量について媒介業者へ確認しています。
一方、排気ダクトについても目視していたものの、その容量について確認を求めることはありませんでした。
その後、貸主と借主は賃貸借契約を締結。借主は前のテナントから、排気ダクトを含む内装や什器などを現状有姿で譲り受けました。
ところが、契約後に内装工事を始めたところ、問題が判明します。
工事業者から、設置予定の排気設備に対して、既存の排気ダクトは40%程度の容量しかないと指摘されたのです。
改修について協議したものの、建物の構造上、多額の費用がかかることが分かり、借主は出店を断念しました。
借主は貸主と媒介業者に損害賠償を請求
借主は、予定していた用途で物件を使用できなかったとして、貸主と媒介業者に責任があると主張しました。
貸主には、物件を使用収益させる義務の違反があり、媒介業者には使用目的に合った物件を紹介する義務や設備についての説明義務に違反したという主張です。
借主が求めたのは、すでに支払った賃料、賃借に要した費用、営業できていれば得られたとする逸失利益など約1,644万円。
さらに貸主に対しては、保証金320万円の返還も求めました。
しかし、一審は借主の請求をすべて棄却し、控訴審でもその判断は覆りませんでした。
なぜ貸主の責任は認められなかったのか
裁判所は、貸主が契約後、速やかに物件を借主へ引き渡していたことを指摘しています。
さらに重要なのが、排気ダクトについてです。
貸主が、「この排気ダクトなら、借主が予定している営業形態でも問題なく使用できます」といった性能保証をしていた事情はありませんでした。
また借主自身も、排気ダクトの容量が自ら計画している業態に適しているかどうかを確認しやすい立場にあったと判断されています。
そのため、予定していた用途に使えなかったことを理由として、貸主に契約上の義務違反があったとは認められませんでした。
媒介業者にも「使用目的に合う物件を紹介する義務」は認められなかった
媒介業者についても、借主の主張は認められませんでした。
裁判所は、物件が借主の使用目的に適しているかどうかは、営業形態や設備改修の可能性など複数の要因によって左右されるとしています。
そのため、特段の事情がない限り、媒介業者が「借主の使用目的に合致する物件を紹介する義務」まで負うものではないと判断しました。
今回の借主については、
- 自ら物件を内覧していた
- 排気ダクトを目視していた
- 電気・ガスなどの容量については確認していた
- 媒介業者から内装工事業者への設備確認を求められていた
- 内覧から契約まで10日以上あった
- 排気ダクトを含む内装等を現状有姿で譲り受けていた
- すでに他の場所で飲食店を経営していた
といった事情も考慮されています。
一方で、借主が媒介業者に対して、必要な排気容量を明確に伝えていたとも認められませんでした。
こうした事情から、媒介業者についても義務違反は否定されました。
「飲食店可」は、設備性能まで保証する言葉ではない
貸店舗を所有するオーナーにとって、この裁判例から特に意識しておきたいのが「飲食店可」という募集条件です。
「飲食店可」という言葉と、「この物件なら、この借主が予定している飲食店を問題なく営業できる」という意味は同じではありません。
例えば、同じ飲食店でも、カフェと焼肉店では必要な排気能力が違います。
バーとラーメン店でも違います。
通常の飲食店舗と、大量の調理を行うセントラルキッチンでも必要な設備は変わります。
今回の物件も、前のテナントはダイニングバーでした。
それでも、新しい借主が計画していたセントラルキッチンには排気能力が足りませんでした。
つまり、「前も飲食店だった」=「次の飲食店も営業できる」ではありません。
貸主側も、この違いを意識して募集する必要があります。

貸店舗オーナーが募集前に整理しておきたい設備情報
貸店舗を募集する場合、分かる範囲で建物や設備について整理しておくと、契約後の認識違いを防ぎやすくなります。
例えば、次のような項目です。
- 電気容量
- ガス容量
- 給排水設備
- 排気ダクトの位置・径・経路
- 空調設備
- グリストラップなどの設備
- 厨房設備や残置物の有無
- 看板を設置できる範囲
- 臭気・騒音・振動への制限
- 建物側で認められる工事の範囲
ただし、設備情報を把握しているからといって、貸主側で、「この設備なら焼肉店でも大丈夫です」「この排気ダクトなら問題ありません」などと安易に判断するのも避けた方がよいでしょう。
設備の適合性は、借主が使用する厨房機器や営業内容によって変わります。
貸主側では把握している情報を提示し、具体的な営業への適合性については、借主側の内装業者や設備業者にも確認してもらう。この役割分担が重要です。
「現状有姿」なら何でも借主責任になるわけではない
店舗物件では、前のテナントが残した厨房設備、エアコン、ダクト、照明などをそのまま次の借主が利用することがあります。いわゆる居抜き物件です。
今回のケースでも、借主は前のテナントから排気ダクトを含む内装・什器などを現状有姿で譲り受けています。
ただし、「現状有姿と書いておけば、設備について何が起きても貸主は関係ない」と単純に考えるべきではありません。
契約時には、
- その設備が貸主の設備なのか
- 前のテナントから引き継ぐ造作なのか
- 残置物なのか
- 誰が修理・交換するのか
- 貸主が性能を保証するものなのか
といった点を整理しておくことが重要です。
設備の所有関係や責任範囲が曖昧なまま契約すると、故障や改修が必要になったときに別のトラブルにつながる可能性があります。
借主には契約前の専門業者による確認を促す
今回の裁判例を紹介したRETIOの解説では、媒介業者や貸主は、借主が予定している具体的な使用内容まで把握していないことが多く、建物や設備の専門家でもないことから、借主自身が専門家へ調査・確認を依頼する必要があると指摘しています。
これは貸主側にとっても重要なポイントです。
特に設備への依存度が高い店舗では、契約前に借主の内装業者や設備業者に現地を確認してもらうことを検討したいところです。
例えば、
物件内覧
↓
借主の営業内容を確認
↓
内装・設備業者による現地確認
↓
必要な設備容量・工事内容を確認
↓
貸主が工事の可否を確認
↓
賃貸借契約
という流れです。
早く契約したいからといって、この確認を省略すると、契約後に「この設備では営業できない」という問題が発生する可能性があります。
「飲食店です」だけではなく、具体的な営業内容を確認する
貸主側でも、申込みの段階で借主の営業内容をできるだけ具体的に確認しておくことが大切です。
単に、「飲食店をやります」だけでは十分とはいえません。
例えば、
- 具体的な業態
- 主な調理方法
- 使用予定の厨房機器
- ガスの使用状況
- 必要な排気設備
- 営業時間
- 客席数
- 臭気が発生する可能性
- 音や振動が発生する可能性
- 希望する内装・設備工事
などです。
特にテナントが複数入る建物では、排気や臭気、騒音などが他の入居者とのトラブルにつながることもあります。
「飲食店を入れるかどうか」だけではなく、「どのような飲食店を、どのような設備で営業するのか」まで確認したうえで判断することが重要です。
「募集条件」と「設備条件」は分けて考える
貸店舗では、募集条件と設備条件を混同しないことも重要です。
例えば、「飲食店相談可」「重飲食相談」「営業時間は○時まで」といったものは、貸主側が設定する募集・契約上の条件です。
一方、「必要な電気容量を確保できるか」「必要な排気能力があるか」「予定している厨房設備を設置できるか」といったものは、建物・設備側の問題です。
貸主が飲食店としての使用を認めることと、その店舗が技術的に営業可能であることは別の問題です。
ここを貸主と借主の双方が理解していないと、「飲食店可と聞いたから契約したのに」という認識違いにつながります。
契約書や募集時の説明も曖昧にしない
今回の裁判では、貸主が排気ダクトについて一定の性能を保証していた事情がなかったことも判断材料となっています。
貸店舗を募集するときには、設備についてどこまで確認できているのか、どこから先は借主側で確認する必要があるのかを曖昧にしないことが重要です。
また、既存設備や造作についても、
- 所有者は誰か
- 残置物か貸主設備か
- 修理・交換は誰が負担するか
- 借主による改修にはどのような承諾が必要か
- 退去時にどこまで原状回復するか
といった点を整理しておきたいところです。
実際の契約条項については、物件や設備の状況によって異なるため、必要に応じて専門家へ確認することも検討してください。
まとめ|「貸せる」と「営業できる」は別問題
今回の裁判では、排気ダクトの能力不足によって借主が予定していた店舗を出店できなくなったものの、貸主と媒介業者の責任は認められませんでした。
しかし、貸主側から見れば、「裁判になっても責任を負わなかったから問題ない」という話ではありません。
出店を断念するほどの設備問題が契約後に発覚すれば、借主との関係悪化だけでなく、契約解除や空室の長期化などにつながる可能性もあります。
貸店舗を募集する際には、「飲食店可」とするだけではなく、把握している設備情報を整理する。
借主がどのような営業を予定しているのか確認する。
必要に応じて契約前に内装・設備業者による確認を促す。
こうした一手間が、契約後のトラブル防止につながります。
貸主が「貸してもよい」と考えていることと、借主が「予定している営業ができる」ことは別問題です。
貸店舗だからこそ、契約を急ぐよりも、貸主・借主双方が「何を確認したのか」を明確にしてから契約することが重要です。
参考資料
- RETIO No.128「最近の裁判例から ⑼-目的使用・媒介責任-」
- 東京高判 令和3年12月23日(判例集未登載)
