親から戸建て住宅を相続したあと、敷地の空いている部分に車を置こうとしたところ、隣人から「そこは共用通路なので駐車できません」と言われる。
そんな話をされても、相続人からすれば戸惑うでしょう。
自分が所有者になった土地なのに、なぜ自由に使えないのか。
親から通行協定について聞いたこともなく、書類の存在すら知らなかったというケースも考えられます。
しかし、分譲地や私道に面した戸建てでは、購入当時の所有者同士で、敷地の一部を共同利用するための協定が結ばれていることがあります。
今回紹介するのは、分譲住宅の所有者同士で締結された通行協定に反して共用部分へ車を駐車した隣地所有者に対し、通行権の確認や駐車・通行妨害の禁止が認められた裁判例です。
この裁判では、協定書に署名した本人が「協定は暫定的だった」「すでに脱退した」と主張しましたが、裁判所は認めませんでした。
相続した不動産についても、所有権だけを見て判断せず、購入時の協定書や近隣との利用ルールを確認する必要があります。
3区画の分譲住宅で結ばれた通行協定
問題となったのは、東京都内にある3区画の分譲住宅です。
それぞれの土地は別々の所有者に販売されていましたが、住宅への出入りや車両の出し入れをするためには、各所有者の土地の一部を共同で利用する必要がありました。
そこで、分譲業者は各区画の購入者に対し、敷地の一部を共同利用するための協定書を提示しました。
協定には、主に次の内容が定められていました。
- 3人の所有者が、それぞれの土地の一部を共同利用する
- 協定部分は、歩行者と車両の通行に自由に使用できる
- 一部の場所に限り、駐車車両のはみ出しを認める
- 協定の変更や廃止には、当事者全員の合意が必要
つまり、各所有者が自分の土地の一部を通路として提供し、全員で利用する仕組みです。
協定の範囲を超えて車を駐車
原告と被告は、同じ分譲業者から隣接する土地と建物を購入し、それぞれ居住を開始しました。
ところが、入居後まもなく、被告が協定で認められた範囲を超えて車を駐車するようになりました。
協定では一部の場所に限って車両のはみ出しが認められていましたが、被告の駐車位置は、その許容範囲を超えていました。
この駐車方法をめぐって両者の間で争いが生じ、一度は沈静化したものの、その後再び対立が激しくなりました。
さらに、被告が原告を批判する内容の張り紙をするなど、近隣関係も悪化していきました。
そこで原告は、被告に対して次の内容を求めて裁判を起こしました。
- 協定部分を通行する権利があることの確認
- 協定部分への車両駐車の禁止
- 通行を妨害する行為の禁止
- 物品を放置する行為の禁止
- 張り紙などに対する慰謝料
被告は「協定は暫定的だった」と主張
これに対し、被告は、そもそも協定には効力がないと主張しました。
被告の主張は、主に次のような内容です。
- 協定は正式なものではなく、暫定的に結ばれたものだった
- 分譲業者から、現在のような駐車方法が可能だと説明された
- 建物図面にも、協定上の範囲を超えて車両が駐車された状態が描かれていた
- 説明と協定書の内容が異なっていたため、錯誤により協定は無効である
- 協定が有効であっても、すでに脱退した
不動産取引の現場でも、「営業担当者から大丈夫だと言われた」「図面では駐車できるようになっていた」という話は珍しくありません。
しかし、この裁判では、そうした主張よりも、売買契約書、重要事項説明書、協定書の記載が重視されました。
裁判所は通行協定を「組合契約」と判断
裁判所は、原告の請求のうち、慰謝料を除く請求を認めました。
この裁判で特に重要なのは、裁判所が通行協定の法的性質を「組合契約」と判断した点です。
裁判所は、各土地の位置や形状から見て、協定部分を歩行者や車両が通行できることは、各住宅で生活するうえで不可欠であると判断しました。
車を道路へ出し入れしたり、住宅へ出入りしたりするためには、協定部分を共同で利用する必要がありました。
そのため、この通行協定は、分譲業者が各区画を販売するための前提条件であったと評価されました。
さらに裁判所は、各所有者が、自分の土地部分についてほかの所有者の通行を認め、互いに権利を提供し合っていると考えました。
そして、全員が協定部分全体を自由に通行するという共同の目的があることから、民法上の組合契約にあたると判断しました。
簡単に言えば、複数の所有者がそれぞれ土地の一部を出し合い、1つの通路を共同で運営しているような関係です。
協定から一方的に脱退することはできなかった
被告は、すでに協定から脱退したと主張していました。
しかし、裁判所は、この脱退を認めませんでした。
協定部分は、各住宅への出入りや車両通行に不可欠な場所です。
そのため、1人が一方的に協定から抜け、自分の土地部分を通行できない状態にすれば、ほかの所有者の日常生活に大きな支障が生じます。
裁判所は、このような時期に行われる脱退は、組合にとって不利な時期の脱退にあたり、許されないと判断しました。
また、協定書には、協定の変更や廃止には当事者全員の合意が必要であることも定められていました。
したがって、協定の内容が不都合になったからといって、1人だけで脱退したり、土地の利用方法を変更したりすることはできないとされたのです。
「図面では駐車できた」という主張も認められなかった
この事例では、分譲業者が被告に提示した建物図面に、協定で認められた範囲を超えて車両が駐車された状態が描かれていました。
被告からすれば、図面どおりに車を置いているだけだという認識があった可能性があります。
しかし、裁判所は、被告の主張を認めませんでした。
売買契約書や重要事項説明書には、隣地所有者との間で協定を締結することが記載されていました。
また、協定書自体にも、共同利用する範囲や、駐車車両のはみ出しが認められる場所が示されていました。
さらに、協定が暫定的なものであるとの記載はありませんでした。
被告は協定書に署名押印しており、協定の存在や内容を確認する機会があったと考えられます。
そのため、分譲業者から協定が暫定的であるとの説明を受けたことや、錯誤があったとの主張は認められませんでした。
自分の土地でも自由に使えるとは限らない
被告が車を駐車していた場所は、被告自身が所有する土地の一部でした。
一般的には、自分の土地をどのように利用するかは、所有者が自由に決められます。
しかし、土地の所有権があるからといって、常に無制限に利用できるわけではありません。
契約や協定によって土地の利用方法が制限されている場合には、所有者もその内容に従う必要があります。
今回の協定では、土地の一部を歩行者や車両の通行に使用することが定められていました。
そのため、被告がその部分に車を駐車し、ほかの所有者の通行を妨げることは、協定違反にあたると判断されました。
また、裁判所は、被告の駐車による通行妨害は軽微なものではないと評価しています。
被告は建築条件付きで土地を購入しており、所有する車両の大きさなどを考慮しながら、協定に違反しない建物配置を検討することも可能だったと指摘されました。
原告は夫の持分を相続していた
この事例では、原告は当初、夫とともに物件を取得していました。
その後、夫が亡くなり、原告が夫の持分を相続しています。
ただし、この裁判で直接争われた中心的な論点は、相続によって協定上の地位が一般的にどのように承継されるかではありません。
裁判所が判断したのは、既存の通行協定の効力、原告の通行権、被告による駐車や通行妨害の可否、一方的な脱退が認められるかという点です。
そのため、この判例だけを根拠に、すべての通行協定が相続人へ必ず同じ形で承継されると断定することはできません。
もっとも、相続した不動産に、被相続人が締結した協定書や近隣との利用ルールが残っている可能性があることは、実務上十分に考えられます。
相続人が協定の存在を知らなかったとしても、所有権を取得しただけで、現実の通行関係や近隣との合意が消えるわけではありません。
相続した戸建てで通行協定が問題になりやすい場面
相続した不動産では、次のような場面で通行協定が問題になることがあります。
空いている敷地に車を置こうとしたとき
相続した実家を自分では使用せず、駐車場として使おうと考えることがあります。
しかし、空いているように見える場所が、実際には隣地所有者との共用通路や車両転回スペースになっている場合があります。
建物を解体して土地を売却するとき
建物がなくなれば、土地全体を自由に使えるように見えます。
しかし、通行協定がある場合には、協定部分を建物敷地や駐車場として利用できない可能性があります。
相続した家を第三者へ売却するとき
買主に対して、通行協定や共用部分の利用制限を説明できなければ、売却後のトラブルにつながります。
図面上の敷地面積だけではなく、実際に自由に利用できる範囲を確認しておく必要があります。
隣人から突然、協定の存在を指摘されたとき
被相続人が協定書を保管していなかったり、相続人が書類を処分していたりすると、隣人から指摘されて初めて協定の存在を知ることもあります。
このような場合、口頭の説明だけで判断せず、協定書の原本や写し、分譲時の図面、重要事項説明書などを確認することが重要です。
相続した物件で確認したい書類
相続した戸建てに私道や共用通路がある場合には、少なくとも次の書類を確認したいところです。
- 売買契約書
- 重要事項説明書
- 通行協定書
- 私道利用に関する承諾書
- 境界確認書
- 地積測量図
- 公図
- 建物配置図
- 建築確認関係書類
- 近隣所有者との覚書
- 過去の売却査定書や仲介資料
書類に「協定道路」「共同利用部分」「車両通行部分」「駐車禁止部分」などの記載がないか確認します。
また、書類上の内容だけでなく、現地で実際にどのように利用されているかも確認する必要があります。
長年にわたり隣人同士で別の使い方をしている場合や、図面と現況が一致していない場合もあるからです。
協定書が見つからない場合
相続した物件では、購入当時の協定書が見つからないこともあります。
その場合は、次のような方法で確認を進めます。
被相続人の保管書類を探す
売買契約書や権利証と一緒に保管されていることがあります。
封筒やファイルの表題だけで判断せず、不動産購入時の書類一式を確認します。
購入時の分譲会社や仲介会社へ問い合わせる
会社が現在も存続している場合には、当時の販売資料や協定書の写しが残っている可能性があります。
ただし、古い物件では保管されていないこともあります。
隣接所有者へ確認する
協定が複数の所有者間で締結されていれば、隣地所有者が協定書の写しを保管している可能性があります。
ただし、いきなり利用方法について主張し合うのではなく、まずは書類の存在を確認するところから始めたほうが安全です。
現地の利用状況を確認する
舗装の色、門扉の位置、車両の通行跡、塀や境界標の位置などから、共同利用部分が推測できることがあります。
ただし、現況だけで権利関係を断定することはできません。
売却前に協定内容を整理しておく
相続した不動産を売却する場合には、通行協定の有無を早めに確認しておく必要があります。
協定がある物件でも、直ちに売却できないわけではありません。
問題は、買主に対して正確に説明できる状態になっているかどうかです。
少なくとも、次の点を整理しておくとよいでしょう。
- 協定の当事者
- 協定部分の範囲
- 歩行者と車両の通行可否
- 駐車や物品設置の可否
- 維持管理費の負担
- 変更や廃止の条件
- 所有者変更時の取扱い
- 現在の利用状況
- 近隣との紛争の有無
図面と現況が一致していない場合には、そのまま売却活動を始めるのではなく、隣接所有者との認識も含めて確認したほうが安全です。
相続した土地の道路関係を整理する手順は、相続した土地の前面道路が私道だった場合の確認点でも解説しています。
仲介会社も図面だけで判断してはいけない
今回の判例解説では、分譲業者が作成した建物図面も、紛争が大きくなった原因の一つとして指摘されています。
協定書では駐車できない場所に車両が駐車された図面を提示すれば、購入者は、その駐車方法が認められていると考える可能性があります。
相続物件の売却でも同じです。
現在の駐車状況だけを見て、「ここに1台駐車できます」と募集図面へ記載するのは危険です。
実際には、その場所が共用通路であったり、車両のはみ出しが一部だけ認められていたりする場合があります。
仲介会社は、販売図面、重要事項説明書、協定書、現況を照合し、利用できる範囲を具体的に確認する必要があります。
まとめ
相続した土地だからといって、敷地全体を自由に使えるとは限りません。
分譲地や私道に面した戸建てでは、被相続人が購入時に通行協定や共同利用に関する合意を結んでいることがあります。
今回の裁判では、生活に不可欠な共用通路に関する協定が法的に有効とされ、協定に反する駐車や通行妨害の禁止が認められました。
また、協定から一方的に脱退することも認められませんでした。
相続した物件に共用通路や私道がある場合には、所有権の登記だけで判断せず、売買契約書、重要事項説明書、協定書、図面、現地の利用状況を確認することが重要です。
協定書が見つからない場合でも、隣地所有者や当時の分譲会社が書類を保管している可能性があります。
売却、賃貸、建替え、駐車場利用を始める前に、土地のどの部分を誰がどのように利用できるのかを整理しておく必要があります。
出典
- 東京地方裁判所 令和2年1月17日判決
- 一般財団法人 不動産適正取引推進機構の判例解説「協定内容に違反して車両を駐車させる等をした隣地所有者に対する通行権確認・通行妨害禁止の請求が認容された事例」(RETIO No.130)
- 元資料:
retio130-13.md
注意事項
本記事は、東京地方裁判所令和2年1月17日判決を紹介した不動産適正取引推進機構の判例解説をもとに構成しています。
この判例では、通行協定の効力、通行権、駐車・通行妨害の禁止などが判断されましたが、相続による協定上の地位の承継一般について直接判断したものではありません。
個別の物件については、協定書の内容、登記関係、土地の利用状況などによって結論が異なります。
