マンションの1階などにある店舗区画を貸すとき、「店舗として使える物件だから、飲食店でも大丈夫だろう」と思ってしまうことがあります。
しかし、店舗として利用できることと、借主が希望する業態で実際に営業できることは別の問題です。
さらに注意したいのは、管理規約そのものだけではありません。
オーナーが、
- 過去に同じような業種で問題になったこと
- 管理組合が特定の業態に厳しいこと
- 煙や臭気をめぐって出店を断られた事例があること
などを知っていた場合、その事情を説明しないまま契約すると、貸主自身の責任が問われることがあります。
今回は、焼肉店を開業する目的で借りたマンション店舗について、管理規約等により営業できず、仲介業者だけでなく貸主にも損害賠償責任が認められた裁判例をもとに、店舗を貸すオーナーが契約前に確認しておきたいポイントを整理します。
※本記事は、東京地方裁判所令和3年8月25日判決についてのRETIO掲載判例解説をもとに、賃貸オーナー向けに整理したものです。
焼肉店を開業する目的で店舗を契約
事案は、マンションの1階店舗部分をめぐるものです。
借主は焼肉店を営業する目的で、仲介業者を通じて貸主との間で賃貸借契約を締結しました。
契約条件は、
- 賃料:月額38万円
- 共益費:月額3万円余
- 保証金:260万円
などでした。
ところが、このマンションの管理規約・使用細則には、臭気を発生する業種や大量の煙を発生する業種について営業を制限する規定があり、例示の一つとして焼肉店も挙げられていました。
また、その規定に抵触するおそれのある業種を営業する場合には、事前に管理組合へ届け出て承認を得る必要がありました。
しかし、賃貸借契約を締結する際、この内容は借主へ説明されていませんでした。
内装工事を始めたところ、管理組合からストップ
契約後、借主は焼肉店を開業するために内装工事を始めました。
すると管理組合から、「管理規約・使用細則により焼肉店営業は認められない」として、工事を中止し、管理組合と協議するよう通知を受けます。
借主側は、排煙設備などを整え、煙への配慮をしたうえで営業することを申し出ました。
それでも、管理組合との協議や工事続行禁止の仮処分申立てなどがあり、借主はこの店舗で焼肉店を営業することは事実上難しいと判断。最終的に賃貸借契約を解除し、店舗を明け渡しました。
借主は約1,877万円の損害賠償を請求
すでに借主は、契約後に内装工事などの開業準備を進めていました。
そこで借主は、
- 仲介業者
- 仲介業者の代表者である宅地建物取引士
- 貸主
に対し、焼肉店営業ができると考えて契約したのに、実際には営業できなかったとして、内装工事費や原状回復費、逸失利益など、合計約1,877万円の損害賠償を求めました。
裁判所は請求のすべてを認めたわけではありません。
しかし、
- 仲介手数料
- 3月・4月分の賃料
- 内装工事費の一部
- 原状回復費用
- 弁護士費用相当額
など、合計約855万円を損害として認めています。
ここで重要なのは、責任を問われたのが仲介業者だけではなかったという点です。
仲介業者には重要な情報を説明する義務があった
裁判所は、このマンションの管理規約等を前提とすると、借主が予定していた一般的な設備の焼肉店を出店することは原則として禁止されており、出店が認められない可能性が高かったと判断しました。
また、仲介担当者らは、隣接建物で焼鳥店を出店しようとした際、煙が多く出ることを理由に認められなかったことを認識していました。
そのため、焼肉店についても煙が問題となり、営業できない可能性が高いことを認識できたとされています。
裁判所は、焼肉店を出店できない可能性が高いという情報は、借主にとって極めて重要な情報だったとして、それを説明しなかった仲介業者と担当宅地建物取引士の説明義務違反を認めました。
不動産の専門家ではない貸主にも責任が認められた
ここが、賃貸オーナーにとって特に重要な部分です。
裁判所は、貸主について、不動産賃貸取引の専門家とは認められないため、仲介業者と同じような高度の注意義務までは負わないとしています。
それでも、この貸主には説明義務違反が認められました。
なぜか。
貸主は、所有する隣接建物で焼鳥店の出店が認められず、業態を変更して出店したことを知っていました。
つまり、煙の多い飲食店は、この周辺では認められない可能性が高いと認識できる事情を持っていたわけです。
裁判所は、そうした事情から、貸主には焼肉店の出店が認められない可能性が高いことを、自ら、あるいは仲介業者を通じて借主へ説明する義務があったと判断しました。
オーナーが注意したいのは「規約」だけではない
この判例から読み取れる大きなポイントは、管理規約を確認して終わりではないということです。
もちろん、マンション店舗を貸す場合には、管理規約や使用細則を確認する必要があります。
しかし、それだけではありません。
オーナー自身が、
- 過去に同じような業種の出店を断られたことがある
- 管理組合が煙や臭気に厳しい
- 過去に内装工事で問題になったことがある
- 特定の用途について管理組合とトラブルになったことがある
といった事情を知っている場合、その情報も重要です。
今回の判例では、まさに貸主が知っていた過去の事情が、説明義務を判断する大きな要素になりました。
「管理規約に禁止と書いていないから大丈夫」とも限らない
さらに注意したいのは、管理規約の文言だけでは判断できない場合があることです。
判例解説では、マンションにおける専有部分の用途制限に関する規約は重要な調査事項である一方、管理規約等に具体的な禁止が書かれていなくても、管理組合の実際の運用によって内装工事が承認されない場合があると指摘されています。
つまり、店舗を貸すときは、
- 管理規約
- 使用細則
- 管理組合への申請方法
- 実際の承認運用
- 過去の類似業態の出店事例
まで確認する必要があります。

貸主が契約前に確認・共有したい3つの情報
店舗を募集する前に、オーナー側では少なくとも次の3つを整理しておくとよいでしょう。
1.管理規約・使用細則
まずは書面上の制限です。
- 用途制限
- 業種制限
- 臭気・煙に関する規定
- 内装工事の条件
- 管理組合への申請・承認の要否
などを確認します。
2.管理組合の実際の運用
次に、規約の文言だけでなく、実際の運用も確認します。
- 過去に同種業態が承認されているか
- どのような業種が断られているか
- 内装工事の承認条件
- 臭気や排煙に対する考え方
などです。
3.オーナー自身が知っている過去の事情
そして今回の判例で特に重要なのがここです。
- 過去の出店拒否
- 臭気や煙に関する苦情
- 管理組合とのトラブル
- 内装工事が認められなかった事例
などを知っている場合は、仲介会社へ共有しておくことが重要です。
「聞かれなかったから言わなかった」ではなく、契約判断に影響しそうな事情は、募集段階から情報として出しておく方が安全です。
借主の業種は「飲食店」だけで判断しない
店舗募集では、「飲食店可」という表現を使うことがあります。
しかし、飲食店といっても営業内容は大きく異なります。
たとえば、
- カフェ
- ラーメン店
- 焼鳥店
- 焼肉店
- 居酒屋
では、必要な設備や煙・臭気・排気の量が違います。
今回の事例でも、管理規約では臭気や煙、排気が問題となっていました。
そのため、店舗を貸す際には、「飲食店なのか」ではなく、「具体的に何を営業するのか」まで確認しておくことが重要です。
管理組合がOKでも、建築・消防で営業できないこともある
店舗営業の可否を左右するのは、管理規約や管理組合だけではありません。
判例解説でも、建築基準法や消防法等の制限によって、借主が予定した目的に使用できなかったトラブルが見られることが指摘されています。
そのため、必要に応じて、
- 建築基準法上の用途
- 消防設備
- 排煙設備
- 給排水
- ガス
- 電気容量
なども確認する必要があります。
管理組合から承認を得られたとしても、それだけで営業可能とは限りません。店舗を「飲食店可」で募集する前に確認したい排気・設備条件や、クリニック利用と消防設備を巡る判例も参考にしてください。
店舗募集前に仲介会社へ共有しておく
賃貸オーナーとして実務的にやっておきたいのは、募集を始める前に、物件の制限や過去の経緯を仲介会社へ共有しておくことです。
管理規約や使用細則を渡すだけでなく、
- 過去の出店履歴
- 管理組合の運用
- 苦情やトラブルの履歴
- 内装工事に関する注意点
まで共有しておけば、仲介会社側でも借主の業態との適合性を確認しやすくなります。
店舗の申込みが入ってから調べ始めるよりも、募集前に整理しておいた方がスムーズです。
まとめ|貸主が知っている情報も契約前に共有する
今回の裁判例では、焼肉店営業を目的として店舗を借りたにもかかわらず、管理規約等により営業できず、仲介業者だけでなく貸主にも説明義務違反が認められました。
貸主は不動産賃貸取引の専門家ではないとされながらも、過去に煙の多い飲食店が認められなかった事情を知っていたことが責任判断につながっています。
店舗を貸すときに重要なのは、「店舗として使えるか」ではなく、「この業態で本当に営業できるか」を契約前に確認することです。
そのためには、管理規約・使用細則
+ 管理組合の実際の運用
+ オーナーが知っている過去の事情を整理し、仲介会社や借主と共有しておくことが重要です。
契約後に営業できないことが判明すると、問題になるのは賃料だけではありません。
借主がすでに負担した内装工事費や原状回復費などをめぐり、大きな損害賠償問題に発展する可能性もあります。
店舗を貸すときほど、契約を急ぐのではなく、募集前に物件の「使われ方の履歴」まで確認しておく。
今回の判例は、その重要性を示している事例といえます。
※本記事は、東京地方裁判所令和3年8月25日判決についてのRETIO掲載判例解説をもとに、賃貸オーナー向けに一般的な実務上のポイントを整理したものです。個別の案件について法律上の判断を示すものではありません。実際の責任の有無や対応方法は、契約内容、管理規約、管理組合の運用、説明経緯、物件の状態などによって異なります。必要に応じて弁護士などの専門家へご相談ください。
