賃貸物件でネズミが発生した場合、オーナーはどこまで責任を負うのでしょうか。
「建物の問題なのだから、大家がすべて責任を負う」と考える方もいれば、「ネズミくらいでオーナーの責任にはならない」と考える方もいるかもしれません。
実際のところは、それほど単純ではありません。
東京地裁令和3年1月26日判決では、歯科医院として店舗を借りていた賃借人が、継続するネズミ被害を理由に退去し、賃貸人に対して4,326万円余の損害賠償を請求しました。
しかし裁判所は、賃貸人の債務不履行を認めず、賃借人の損害賠償請求を棄却しています。
この裁判例で注目したいのは、「ネズミがいたかどうか」だけで結論が決まっていないことです。
物件が実際に使用できる状態だったのか、被害原因を特定できたのか、そして問題発生後にオーナーがどのような対応をしていたのか。
賃貸物件で害獣被害が発生したときのオーナー対応を考えるうえで、参考になる裁判例です。
※本記事は、東京地方裁判所令和3年1月26日判決についてのRETIO掲載判例解説をもとに、賃貸オーナー向けに整理したものです。
歯科医院でネズミ被害が発生
この事案では、歯科医師である賃借人が、建物1階の店舗部分を歯科医院として使用するため、2012年に居抜きで賃貸借契約を締結しました。
問題が表面化したのは2016年です。
賃借人から、
- 店舗の天井裏をネズミが駆け回っている
- 他の入居者からもネズミが出たとの報告がある
との連絡を受けたオーナーは、ネズミ駆除業者と契約しました。
その後、2016年12月から2018年11月頃までの約2年間に、計29回の防鼠業務が実施されています。
また、隣室はいわゆる「ごみ屋敷」のような状態で、糞やかじられた壁などが確認されていました。
オーナーと駆除業者は隣室が被害原因の一つではないかと疑い、隣室の賃借人に原因調査への協力を求めましたが、協力を得ることは容易ではありませんでした。

借主は退去し、4,326万円余の損害賠償を請求
ネズミ被害が続くなか、賃借人は2018年3月30日、オーナーに対して賃貸借契約の解除を通知しました。
そして同年10月31日に物件を退去します。
賃借人は、
- 契約前にもネズミ被害があったことを説明しなかった
- 隣室がごみ屋敷のような状態だったことを説明しなかった
- ネズミ被害発生後の対応が不十分だった
- 隣室の賃借人に対して、契約解除や明渡しを求めるべきだった
などと主張しました。
そして、退去や移転先での歯科医院開業に伴って生じた損害などとして、オーナーに4,326万円余を請求します。
一方、オーナー側は、賃借人に対して未払賃料91万円などの支払いを求めて反訴しました。
裁判所はオーナーの債務不履行を認めなかった
裁判所は、賃借人による損害賠償請求を認めませんでした。
ここで注意したいのは、
「ネズミ被害があったのに、大家だから責任を負わなかった」という判決ではない
ということです。
裁判所はいくつかの事情を検討したうえで、オーナーに賃貸借契約上の債務不履行はなかったと判断しています。
1.引渡し時に歯科医院として使用不能ではなかった
この建物では、今回の賃貸借契約が締結される前の2012年5月頃にもネズミが確認されていました。
しかし、その際には防鼠作業が行われています。
その後、物件が賃借人に引き渡されるまでの間、建物内でネズミが確認されることはありませんでした。
そのため裁判所は、引渡し時点で建物に現にネズミが出没・生息していたとは認めませんでした。
さらに、賃借人は物件の引渡しを受けた後も、2017年7月頃まで歯科診療を継続しています。
こうした事情から、物件の引渡し時点で、
「歯科医院として使用収益できない状態だった」とは認められない
と判断されました。
2.ネズミ被害の原因を特定できなかった
賃借人側は、隣室がネズミ被害の原因だと考えていました。
確かに隣室はいわゆる「ごみ屋敷」のような状態であり、ネズミ被害との関連が疑われていました。
しかし裁判所は、隣室が原因だと断定していません。
考えられる可能性として、
隣室内にネズミが生息していた可能性
だけではなく、
建物の外から床下の配管を通じて侵入していた可能性
もあるとしています。
そして、どちらの可能性が高いともいえないと判断しました。
賃貸管理では、「おそらくこの部屋が原因だろう」と思われるケースがあります。
しかし、
原因として疑われていることと、原因が特定されていることは別です。
原因が確定していない段階で、特定の入居者だけを原因と決めつけて対応することには注意が必要です。
3.オーナーは継続的に対応していた
今回の裁判例で、オーナーにとって特に参考になるのがこの点です。
オーナーはネズミ被害の報告を受けた後、駆除業者を手配しています。
そして2016年12月から2018年11月頃まで、約2年間に計29回の防鼠業務が実施されました。
さらに、オーナー自身も複数回にわたり隣室に入り、隣室の賃借人に原因調査への協力を求めています。
裁判所はこうした経過について、オーナーが賃貸人として可能な限度において原因調査に協力していたと評価しました。
重要なのは、「ネズミを完全にいなくすることができたか」だけではありません。
問題が発生した後に、
- 専門業者を手配した
- 防鼠作業を継続した
- 原因調査を進めた
- 関係する入居者にも協力を求めた
という具体的な対応経過も、裁判所の判断のなかで検討されています。
4.隣室を退去させる義務までは認められなかった
賃借人側は、
「隣室の入居者が調査に協力しないのであれば、オーナーは賃貸借契約を解除して退去させるべきだった」
とも主張しました。
しかし裁判所は、この主張も認めませんでした。
仮にオーナーが調査への非協力を理由として隣室との賃貸借契約を解除したとしても、実際に早期退去を実現できたかどうかには相当程度疑問があるとしています。
そのため、
隣室との賃貸借契約を解除すべきだった、とまではいえない
と判断しました。
問題の原因と思われる入居者がいたとしても、オーナーが自由に契約を解除し、直ちに退去させられるわけではありません。

「ネズミが出ても大家は責任なし」という判例ではない
ここは、この裁判例を読むうえで特に注意したいところです。
今回、オーナーの債務不履行が認められなかったからといって、
「賃貸物件でネズミが出ても、大家は責任を負わない」
と一般化することはできません。
今回の判断では、
- 引渡し時点で歯科医院として使用できない状態ではなかったこと
- 被害原因を特定できなかったこと
- オーナーが継続して防鼠対応を行っていたこと
- 原因調査への協力を続けていたこと
- 隣室を早期に退去させられたか疑問があったこと
など、複数の事情が検討されています。
つまり、害獣被害が発生したという一つの事実だけで、オーナーの責任の有無が決まるわけではありません。
物件の使用状況、被害原因、被害の程度、そしてオーナーがどのような対応をしてきたのか。
個別の事情によって判断は変わります。
害獣被害の連絡を受けたオーナーはどう対応する?
では、自分の所有物件でネズミなどの害獣被害が発生した場合、どう対応すればよいのでしょうか。
今回の裁判例を踏まえた実務上の対応例としては、次のような流れが考えられます。
まず、入居者から申告を受けたら、内容を記録します。
いつ、どこで、どのような被害が発生したのか。
ネズミそのものを見たのか、天井裏で音がするのか、糞やかじり跡などの痕跡があるのか。
可能であれば写真や動画も残します。
次に現地を確認し、必要に応じて害獣駆除の専門業者へ調査を依頼します。
専有部分だけでなく、状況に応じて共用部や天井裏、配管周辺なども確認し、侵入口や発生原因を調査します。

本図は今回の判例をもとに整理した実務上の対応例。個別事案では契約内容・被害状況等により対応は異なる。
原因が分からなくても、調査を止めない
害獣被害では、原因がすぐに特定できるとは限りません。
今回の裁判でも、
「隣室にネズミが生息していたのか」
それとも、
「建物外部から床下の配管などを通じて侵入したのか」
を断定することはできませんでした。
だからといって、
「原因不明なので対応できません」
で終わらせてしまうのは避けたいところです。
原因を特定できなければ、他の可能性を調査する。
関係する入居者に協力を求める。
必要な防鼠措置を行う。
再発したら追加調査を行う。
こうした対応を積み重ねていくことが重要です。
対応したら、必ず記録を残す
そして、オーナーや管理会社が特に意識しておきたいのが対応履歴です。
今回の裁判例では、
約2年間に計29回の防鼠業務を行った
という具体的な事実が認定されています。
トラブルが長期化した場合、数か月前、あるいは数年前に何をしたのかを記憶だけで説明するのは困難です。
そのため、
- 入居者から申告を受けた日時
- 被害の内容
- 写真・動画
- 現地確認の記録
- 業者への依頼日
- 業者の調査報告書
- 作業内容・作業日
- 原因調査の結果
- 関係する入居者とのやり取り
- 申告者への回答
- 再発の記録
- 未解決の場合、その理由
などを残しておくと、後から対応経過を確認しやすくなります。
「対応したこと」と「対応したことを後から説明できること」は別です。
これは害獣被害に限りません。
漏水、騒音、悪臭、設備故障、迷惑行為など、賃貸管理で発生するさまざまなトラブルでも同じことがいえます。
管理会社に任せている場合も「記録」が重要
管理会社へ物件管理を委託している場合、オーナー自身が一つひとつの現場対応を行う必要はありません。
ただし、
「管理会社に任せているから大丈夫」
だけで終わらせない方がよいでしょう。
例えば害獣被害であれば、
- 入居者からの申告が記録されているか
- 業者の調査報告書が保存されているか
- いつ、どのような作業を行ったか分かるか
- 再発した場合の追加対応が記録されているか
- 入居者への回答内容が残っているか
などを確認できる管理体制が望まれます。
管理会社の役割は、単に「業者を呼ぶこと」だけではありません。
問題発生から解決までの経過を管理し、後から確認できる状態にしておくことも、賃貸管理の重要な仕事の一つです。
オーナー側の未払賃料請求は一部認められた
今回の裁判では、借主側の損害賠償請求が棄却されただけではありません。
借主は、オーナーに債務不履行があることを前提として、一定期間の賃料について支払義務を免れるとも主張していました。
しかし、その前提となるオーナーの債務不履行が認められなかったため、この主張も採用されませんでした。
一方、オーナー側が反訴した未払賃料については、未払賃料91万円から保証金39万円を差し引いた52万円余の範囲で請求が認められています。
まとめ|害獣トラブルでは「放置しない・調べる・記録する」
今回の裁判例では、歯科医院の賃借人がネズミ被害を理由として退去し、オーナーに4,326万円余の損害賠償を請求しました。
しかし裁判所は、オーナーの債務不履行を認めませんでした。
この判例から、
「ネズミが出てもオーナーには責任がない」
と考えるのは適切ではありません。
むしろオーナーとして注目したいのは、
被害が発生した後に何をしたのか
という点です。
害獣被害の連絡を受けたら、
**放置しない。
必要な調査・対応をする。
その経過を記録する。**
この3つを意識しておきたいところです。
今回の裁判例では、オーナーが約2年間にわたり計29回の防鼠業務を実施し、隣室の賃借人に原因調査への協力を求めるなど、継続的に対応していたことも判断の中で評価されています。
一方で、裁判所はそれだけを理由に結論を出したわけではありません。
引渡し時に歯科医院として使用できない状態ではなかったこと、ネズミ被害の原因を特定できなかったこと、隣室を早期に退去させられたか疑問があったことなど、複数の事情を踏まえてオーナーの債務不履行を否定しています。
そのため、害獣被害が発生した場合に、
「何回対応すれば責任を負わない」
「駆除業者を呼べば十分」
という単純な基準があるわけではありません。
重要なのは、個別の状況に応じて必要な調査や対応を行い、その経過を確認できる状態にしておくことです。
横浜で賃貸物件の管理トラブルにお困りのオーナーへ
害獣被害や漏水、騒音、迷惑入居者などの問題は、対応が長期化するほど経緯が複雑になりやすくなります。
また、
「以前にも同じ申告があったのか」
「どの業者がいつ対応したのか」
「入居者へどのような説明をしたのか」
といった履歴が残っていないと、後から状況を整理すること自体が難しくなることがあります。
横浜市内で賃貸物件を所有しており、
- 管理トラブルへの対応に困っている
- 自主管理を続けるべきか迷っている
- 現在の管理会社の対応に不安がある
- トラブル対応の履歴を整理したい
- 管理体制そのものを見直したい
といったお悩みがある場合は、物件の状況を整理したうえで管理方法を検討することが大切です。
トラブルが起きてから慌てて対応するのではなく、普段から「対応経過が残る管理」をしておくことが、オーナーにとって重要なリスク管理の一つになります。
※本記事は、東京地方裁判所令和3年1月26日判決についてのRETIO掲載判例解説をもとに、賃貸オーナー向けに一般的な実務上のポイントを整理したものです。個別の案件について法律上の判断を示すものではありません。実際の責任の有無や対応方法は、契約内容、物件の状態、被害状況、原因、対応経過などによって異なります。必要に応じて弁護士などの専門家へご相談ください。
