ただし、設備の内容を確認せずにすべてのブレーカーを落とすのは注意が必要です。
物件によっては、排水ポンプなど、人が住んでいなくても稼働させておく必要のある設備が接続されていることがあるためです。
実際に、賃貸物件の内覧後にブレーカーが落とされたことで排水ポンプが停止し、その6日後に地下室で床上約80cmの浸水が発見された判例があります。
裁判では、内装補修費用や賃料逸失利益などを含め、653万円余の損害が認められました。
この記事では、東京地裁平成27年4月8日判決をもとに、
- なぜブレーカーを落としたことで地下室が浸水したのか
- 裁判所は誰の責任を認めたのか
- 空室時にブレーカーを落とす前に何を確認すべきか
- オーナーが設備情報をどう残し、共有すべきか
を整理します。
空室のブレーカーは落としていいのか
結論からいうと、そのブレーカーの先に何が接続されているかを確認してから判断する必要があります。
照明やコンセントだけであれば、空室時に電源を止めても問題がない場合があります。
一方で、今回の判例で問題になったような排水ポンプなど、建物を維持するために電源を必要とする設備が接続されている場合もあります。
今回の建物では地下水の湧水があり、排水槽にたまった水を排水ポンプで排出していました。裁判所は、止水処理が十分ではなかったと認定しています。
そのため、この物件ではブレーカーを落とすことが、単に「電気を止める」だけではなく、排水機能を止めることにもつながっていました。
空室だからといって、
「誰も使っていないから全部切ってよい」
とは限りません。
まず確認したいのは、その電源が建物のどの設備を動かしているのかです。
内覧後にブレーカーを落とし、6日後に地下室が80cm浸水
事件の物件は、平成17年に7,000万円で売買された建売住宅でした。
その後、所有者は海外転勤することになり、平成22年に建物管理と賃貸仲介を不動産会社へ依頼しました。
同年10月、借主側の仲介会社が鍵を借りて建物を内覧します。
内覧終了後、仲介会社の担当者が建物の分電盤のブレーカーを落としました。
その結果、排水ポンプが作動しなくなり、排水槽の水があふれます。
そして6日後、地下室で床上約80cmの浸水が発見されました。

ブレーカーを落とした瞬間に地下室が浸水したわけではありません。
排水ポンプが停止したことで水を排出できなくなり、その状態が続いた結果、大きな浸水事故につながりました。
なぜブレーカーOFFで地下室が浸水したのか
この建物では、建築中から地下水の湧水が確認されていました。
施工会社側は止水処理をしたと主張しましたが、裁判所は、引渡し後に排水ポンプが複数回故障していたことなども踏まえ、止水処理は十分ではなかったと認定しています。
事故までの流れを整理すると、
地下から湧水が生じる
↓
排水槽に水がたまる
↓
排水ポンプで水を排出する
↓
ブレーカーを落とす
↓
排水ポンプが停止する
↓
排水槽の水があふれる
↓
地下室が浸水する
という構造でした。
つまり、この物件では、
「ブレーカーを落とす=排水を止める」
という関係になっていたわけです。
空室管理では、単に「電気を使うかどうか」だけではなく、その電源が建物のどの機能を支えているのかまで確認することが重要です。
裁判所は誰の責任を認めたのか
この事件では、ブレーカーを落とした仲介会社だけが問題になったわけではありません。
裁判所は、建物施工会社について、地下の湧水に対する止水処理が十分ではなかったとして、浸水事故について不法行為責任を認めました。
また、ブレーカーを落とした借主側の仲介会社についても、その行為が浸水事故の直接原因になったとして、不法行為責任を認めています。
一方、売主である宅建業者については、売買契約で定めた瑕疵担保責任の期間がすでに経過しており、通常の調査で止水不良を把握できたとも認められなかったため、責任は否定されました。
この判例から分かるのは、事故の原因が一つとは限らないということです。
建物側の問題と、設備を操作した行為が重なって事故につながる場合があります。
損害は653万円余。浸水事故は修繕費だけでは終わらない
この事故について裁判所が認めた損害は、合計653万円余でした。
内訳は、
- 内装補修費用:約384万円
- 原因調査費用:63万円
- 水くみ取り費用:約7万円
- 賃料逸失利益:116万円
- 交通費:約23万円
- 弁護士費用:59万円
です。
内装補修費用については、認定された補修費から経年劣化分として2割が減額されています。
賃料逸失利益は、月額29万円の4か月分が認定されました。
また、所有者が海外転勤中だったため、交通費には渡航費も含まれています。
オーナーが意識しておきたいのは、設備事故の損害が修繕費だけでは終わらないことです。
原因調査、水の除去、復旧期間中の家賃損失など、事故に伴って複数の費用が発生する可能性があります。
「ブレーカーを落とさないで」という表示だけでは足りなかった
この判例で特に参考になるのが、施工会社側についての裁判所の判断です。
施工会社側は、分電盤の蓋に
「ブレーカーは、絶対に落とさないで下さい。」
という表示をしていたと主張しました。
しかし、裁判所は、それだけで結果回避義務を果たしたとは認めませんでした。
排水ポンプを何のために使用するのか。
そして、そのために電源を切ってはいけないこと。
そこまで施主や買主に周知する必要があったと判断しています。
物件管理でも、この考え方は参考になります。
たとえば、
「このブレーカーは切らないでください」
だけでは、事情を知らない人には重要性が伝わりにくいでしょう。
一方で、
「地下の湧水を排出するポンプが接続されています。停止すると浸水するおそれがあるため、ブレーカーを切らないでください」
と書いてあれば、意味は大きく変わります。
重要なのは、
「なぜ操作してはいけないのか」
「操作すると何が起きるのか」
まで伝えることです。
相続物件や築古物件では「設備情報の引継ぎ」に注意
今回の判例から、オーナー側がもう一つ考えておきたいのが、設備情報の引継ぎです。
長く所有している物件では、
- このブレーカーだけは切らない
- この場所には水がたまりやすい
- この設備は定期的に確認する
- このポンプは空室でも稼働させておく
といった、その建物独自の管理方法が存在することがあります。
問題は、それが所有者や担当者の頭の中にしか残っていない場合です。
相続や売買、管理会社の変更、担当者の交代などで人が変わると、設備そのものは残っていても、その設備をどう扱うべきかという情報が失われる可能性があります。
特に相続した築古物件では、
「この設備は何のためにあるのか」
「なぜこのブレーカーだけONなのか」
が分からないこともあるでしょう。
だからこそ、設備そのものだけではなく、その役割と運用方法まで引き継ぐことが重要です。
空室になったら設備情報を整理しておく
空室になったタイミングで、一度設備情報を整理しておくと管理しやすくなります。
最低限、確認しておきたいのは次のような項目です。
- 設備名
- 設置場所
- 電源・ブレーカーの位置
- 空室時にON・OFFどちらにするか
- 停止した場合に何が起きるか
- 操作上の注意
- 異常時の連絡先
特に重要なのは、
「設備名」だけでなく、「止めたら何が起きるのか」まで残すこと
です。
「排水ポンプあり」
だけでは、その設備の重要性までは伝わりません。
一方、
「地下排水槽の排水ポンプ。停止すると排水できず、地下室が浸水するおそれあり」
まで記載されていれば、初めてその物件を見る人でも重要性を判断しやすくなります。

設備の運用方法は物件によって異なります。
設備仕様や取扱説明書、施工会社・管理会社などに確認し、その物件に合った情報を残しておくことが大切です。
設備情報は口頭だけでなく書面で共有する
設備情報は、オーナーが把握しているだけでは十分ではありません。
実際に物件へ出入りしたり、設備を操作したりする人にも伝わる状態にしておく必要があります。
元資料でも、物件案内時の注意事項について、口頭で伝えるだけではなく、書面で告知することが事故防止につながると指摘されています。
たとえば、
- 管理資料に記載する
- 分電盤付近に注意表示をする
- 鍵を貸し出す際の注意事項に記載する
- 修繕・メンテナンス業者に共有する
といった方法が考えられます。
このときも、
「ブレーカーOFF禁止」
だけで終わらせず、
「排水ポンプが停止し、浸水するおそれがあるためOFF禁止」
というように、理由まで残しておく方が伝わりやすくなります。
空室だからといって、何も動いていないとは限らない
空室になると、
「誰も使っていないから設備も止めてよい」
と考えやすくなります。
しかし今回の判例では、ブレーカーを落として排水ポンプを停止させたことが、浸水事故の直接原因と認定されました。
空室管理で確認したいのは、
「何を止めるか」だけではありません。
その前に、
「何が動いていることで、この建物が維持されているのか」
を確認する必要があります。
特に、
- 相続した物件
- 長期間空室になっている物件
- 築年数の経過した建物
- 地下室がある物件
- 独自の設備や後付け設備がある物件
では、一度設備情報を整理しておくとよいでしょう。
「使っていないから止める」ではなく、「止めても問題がないことを確認してから止める」。
今回の判例から得られる、空室管理上の重要な教訓の一つです。
横浜市内で、相続した物件や長期空室の管理、設備の状態などでお困りの場合は、横浜不動産までご相談ください。
物件の状況を確認しながら、管理・売却・活用を含めて整理します。
参考判例
東京地裁 平成27年4月8日判決
RETIO
「最近の判例から ⑺-地下室浸水事故-」
地下室浸水事故について、建物施工業者および排水ポンプの電源を切った賃貸媒介業者の不法行為責任が認められた事例。
