実家や土地を相続したものの、境界について詳しく把握していない。そんなケースは少なくありません。
「昔からこの塀だった」「隣の家とは特に揉めたことがない」「測量した書類もどこかにあるはず」。この状態でも、普段生活しているだけなら大きな問題にならないことがあります。
ただし、土地を売却しようとしたときに、境界や塀の問題が初めて表面化することがあります。
この記事では、境界確認書を取り交わしていたにもかかわらず、その後に隣地所有者が異なる主張をし、売買代金を3,000万円減額することになった裁判例をもとに、相続した土地を売却する前に確認しておきたいポイントを整理します。
境界確認書があったのに、売却価格が3,000万円下がった事例
この事例では、古家付き土地の所有者Aが、土地の境界確定作業を測量士に依頼しました。隣地は、Yと、Yが取締役を務めるB社の共有でした。
境界確認の際には、Yの子でありB社の代表でもあるCがYの代理として立ち会い、測量士が作成した筆界確認書に署名・押印しています。その確認書では、両土地の境界は直線として描かれていました。
一方で、境界付近には両土地をまたぐような形で万年塀が設置されていましたが、その塀がどちらの所有物なのかまでは確認されていませんでした。
その後、Aは土地を宅建業者Xに売却します。さらにXは、分譲マンション建築を予定する宅建業者D社と、4億5,404万円で売買契約を締結しました。契約では、引渡しまでに土地上の家屋や塀を撤去し、隣地からの樹木の越境も解消することになっていました。
ところが、引渡し前になって隣地所有者Yが「境界は確認書に記載された位置ではなく、塀に沿ったところだ」と主張し始めます。さらに、塀は自分の所有物だとして、塀や樹木の撤去も拒否しました。
結果としてXは、争いになった土地部分を売買対象から外し、売買代金を3,000万円減額したうえでD社へ土地を引き渡しました。
裁判所は境界確認書と異なる主張を認めなかった
隣地所有者Yは、境界確認書は錯誤によるもので無効だと主張しました。しかし裁判所は、その主張を認めませんでした。
境界確認書に添付された図面では境界は直線として描かれており、代理で立ち会ったCもその内容を認識していました。裁判所は、もし本当に塀に沿った線が境界だと認識していたのであれば、自分の認識と明らかに異なる確認書に署名・押印したことになると判断しています。
仮に錯誤があったとしても重大な過失があるとして、その無効を主張することはできないとされました。また、XはAから土地を購入したことで境界確認書に関する地位を承継していたため、Yが正当な理由なく確認書と異なる主張をしたことについて、損害賠償責任が認められています。
相続した土地では「昔からこうだった」が一番分かりにくい
ここからは、この裁判例を相続した土地に置き換えて考えてみます。今回の裁判例自体は相続事件ではありません。ただ、相続した土地では、似たような問題が起きやすい要素があります。
- この塀は誰が建てたのか
- どちらの土地の所有物なのか
- 以前から越境していたのか
- 隣地所有者と何か約束をしていたのか
こうした経緯を、相続人が把握していないことがあります。親の世代では当たり前だったことでも、相続した子どもの世代には事情が伝わっていない。さらに、隣地側も相続によって所有者が変われば、昔の口約束や認識がそのまま共有されているとは限りません。
土地そのものだけでなく、境界まわりの履歴も確認しておくことが重要です。
まず探したいのは「境界に関する書類」
相続した土地を売却する可能性があるなら、最初に確認したいのは現地だけではありません。まず、境界に関する資料が残っていないか探します。
- 境界確認書
- 確定測量図
- 地積測量図
- 過去の売買契約書・重要事項説明書
- 越境に関する覚書
- 塀や擁壁についての合意書
こうした書類が残っていれば、過去にどこまで境界確認が行われていたのかを把握しやすくなります。ただし、今回の裁判例が示しているのは、境界確認書があるからといって、それだけで全てが解決するわけではないという点です。
「境界線」と「塀の所有者」は別の話
今回の裁判例で特に重要なのが、この点です。境界確認書では土地の境界線は確認されていました。しかし、境界付近にあった万年塀について、どちらが所有しているのかまでは確認されていませんでした。
判例解説でも、塀の所有関係について双方の見解が異なっていたことや、境界確認時にその点を確認しなかったことが、紛争に至った一因と考えられると指摘されています。
「境界がどこか」と「その境界付近にある塀やフェンスが誰のものか」は、別々に確認する必要があります。相続した土地では、特にこの部分が分からなくなっていることがあります。
現地では「境界線」だけでなく、その周辺を見る
書類を確認したら、次は現地です。境界付近では、次のようなものを確認します。
- ブロック塀・フェンス・擁壁
- 樹木
- 屋根や庇、雨樋
- 配管
- 境界標
確認したいのは、誰の所有物なのか、隣地へ越境していないか、こちらへ越境されていないか、将来撤去や建替えが必要になったときにどう扱うのか、という点です。特に古い土地では、現在の境界線と、昔からある塀の位置が一致しているとは限りません。
越境していても、すぐ撤去できるとは限らない
境界付近を確認すると、塀や樹木などが越境していることが分かる場合があります。ただし、越境しているからといって、必ずその場ですぐ撤去できるとは限りません。
今回の判例解説でも、越境物を直ちに撤去しない場合には、その存在や将来の取扱いについて合意書面を交わしておくことが望ましいとされています。たとえば塀であれば、将来再築造する際には越境を解消するといった内容を取り決めておく方法が示されています。
現状を確認する → 所有関係を整理する → 将来の取扱いを決めるという順番で考えることが大切です。
売却するなら、境界確認は早めに
境界問題がやっかいなのは、短期間では解決しないことがある点です。隣地所有者との立会い、測量のやり直し、塀や樹木の越境が見つかった場合の協議には時間がかかることがあります。
今回の裁判例では、実際に売買契約締結後、引渡し直前になって境界問題が表面化し、売買条件に大きな影響が出ました。相続した土地を売却する場合も、買主が決まってから境界を確認するのではなく、売却を考え始めた段階で境界まわりを整理する方が安全です。
相続前だからこそ確認できることもある
まだ相続が発生していない場合には、今のうちに確認できることがあります。
- この塀はどちらが建てたのか
- 昔、隣の人と境界について何か話したことがあるか
- 測量はしたことがあるか
- 境界確認書はどこに保管しているか
- 越境について何か約束をしているか
こうしたことは、土地を長く所有してきた本人だからこそ分かる場合があります。特に古い土地では、「この塀、どちらのもの?」という単純な質問でも、後々かなり重要になることがあります。
相続するのは土地だけではなく、境界の履歴も
土地を相続するとき、多くの人が気にするのは固定資産税、名義変更、売却価格、建物の状態などです。境界は後回しになりがちですが、実際に売却する段階になると、境界や越境が取引条件に影響することがあります。
今回の裁判例では、境界確認書が存在していたにもかかわらず、塀の所有関係をめぐる認識の違いなどから紛争となり、売買代金の減額にまで発展しました。
境界確認書があるか/境界付近に何があるか/それは誰のものか/越境していないかまで、一度整理しておくことをおすすめします。
土地を相続するということは、その土地に積み重なった境界の履歴も引き継ぐということです。売却直前になって初めて問題を知るよりも、相続した段階で一度確認しておくことが、将来の土地売却を進めやすくする可能性があります。
ご相談について
相続した土地の売却を検討しているものの、境界がどこか分からない、古い塀が誰の所有物か分からない、越境しているように見える、どの資料を確認すればよいか分からないという場合は、売却前の整理からご相談ください。
境界や越境の問題は、買主が決まってからではなく、売却を考え始めた段階で確認しておく方が、後の取引を進めやすくなります。
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出典
- 一般財団法人 不動産適正取引推進機構 RETIO No.128「最近の裁判例から(3)隣地との紛争」
- 東京地方裁判所 令和2年1月30日判決
本記事は公表された裁判例をもとに一般的な確認事項を整理したものであり、個別案件に対する法律相談ではありません。境界、塀・擁壁の所有関係、越境、測量、契約条件については、資料と現況を確認のうえ、必要に応じて測量士、弁護士、宅地建物取引士などの専門家へご相談ください。
